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<1月5日(月)快晴の高尾山新春散歩>
雲一つない青空の下、駅舎工事中の高尾山口駅改札を通り、駅舎横にあるタクシー乗り場付近に松戸・増田・滝澤の後期高齢者突入とは思えない若々しい3人と、年相応?の池田・山岡・田幸・村谷・山内の5人が集合した。
先ずは新年の挨拶を済ませてから出発。平日とは思えない人出だ。
20分待ちのロープウエーには、スーツ姿の男性が目立つが、薬王院へ初詣でのようだ。
我等は琵琶滝コース、両側に雪が残る山道を行く。
途中にある琵琶滝不動堂で、今年1年間の健康をしっかりお願いした。
気温が上がってきて霜が解け少し滑りやすい岩や木の根に注意しながら、3つの橋を渡り稲荷山コースに合流した。
途中で、高校生と、中学生の、野球部員たちとすれ違ったが、増田・滝澤・山岡の野球少年経験者3人は半世紀以上前の厳しかった?練習風景を思い出していたようだった。
日当たりが良いぽかぽかした道を、早くも下山してくるハイカーたちとすれ違いながら、山頂直下の階段下に順調に到着した。
用意周到にスパッツを着用していた松戸以外の7人のズボンの裾には少し泥が着いていたが、1時間半弱で辿り着いた健脚をたたえ合う。
山頂は後回しにして、いつもの巻き道を辿り、定番の富士見台園地に到着、全身真っ白な雪を被った富士山がくっきりと見渡せる草むらにシートを2枚敷いて着座する。
松戸・滝澤・村谷・山内の4人は早速バーナーに点火して、調理を開始する。残る4人は持ち寄ったツマミを皿に取り分けて配置する。
用意が整ったところで、まずは新年の乾杯だ。
ちょうど正午。自力でここまで登る体力が残っていたことに感謝、感謝。
頭上では、警視庁のヘリコプターが昨日登山してまだ下山していないYさん(76歳)を見つけたら連絡してほしいというアナウンスを繰り返している。
我らのシートは、正月料理のおすそ分けも多く、分厚い数の子、函館産のニシン漬け・イズシ、宮崎産のロースハム始め盛りだくさんで、並べきれないほどだ。
ほどなく、松戸のオデン&バジル入りチョリソ、村谷のサバのみりん干し焼き、山内の鶏肉つみれ入り鍋が出来上がり、夫々、小皿に取り分ける。山上では暖かく、汁物が何よりの御馳走。当然、滝澤手練の熱燗が加わる。
鍋の締めに池田からおにぎりを2個供出してもらい、滝澤がオデンの汁やキムチなどを手際よく投入して絶妙のオジヤが出来上がり。あんなに沢山あったツマミは、すべて8人の腹中に収まった。
食べ過ぎ?飲み過ぎ?で重くなった足を引きずりながら元の道を折り返して、モミジ台下の分岐に着く。少し坂を下った左手の斜面に、松戸が毎年観察しているシモバシラが今年も見られたが、今日は気温が高くイマイチ。
200段ほどの階段を登りきって高尾山頂にゴールイン。先ほどはくっきり見えていた富士山が、もやってかすかに見える。
新装なった山頂の標識前で記念撮影したのち、1号路経由で下山する。
初もうで客でごった返す薬王院に参拝して、下山の途に就く。
松戸が先頭、村谷・山内が並走し、残り5人が必死に追いかけ、新体操をしているという小中生に負けじとスピードアップした効果で、45分の道のりを20分足らずでクリアーした。
電車で1駅移動して高尾駅で下車、恒例の 多摩の里 に入店、込み合っていたが顔見知りの店主が2、3組の先客を移動してくれて何とか席を確保してくれた。
乾杯セット(飲み物何でも1杯+茶豆+板わさ=580円)を全員分注文し、再び乾杯。
ツマミに一段と分厚くなった大判海鮮かき揚げ+いかの一夜干しを選び、小鶴くろ(900ml)の水割りを追加して、初詣登山を締めました。(村谷 記)
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コース
京王高尾線・高尾山口駅〜琵琶滝コース(6号路)〜稲荷山コースと合流〜頂上直下の階段下〜大垂水峠への巻き道〜富士見台園地(昼食)〜巻き道を戻る〜3号路〜薬王院〜1号路〜高尾山口駅
<歩行時間:180分、歩行距離:約7km+α>
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★2015年1月5日(月)「高尾山 初詣登山」