<5月12日(火)疫病退散祈願のための隅田川テラス周辺の寺社巡り(浅草駅〜森下駅)>
朝方来の雨が上がった浅草雷門交番裏手に、田幸&村谷が集まった。
お馴染みの人力車や外人観光客はどこにも見当たらない。
白人の中年男性がカメラ片手に自転車に乗った幼女を撮影していたが、そのハーフらしい容貌から推察して、この付近のテレワーク中の居住者とみた。
松下幸之助翁が寄付した大提灯が新調され、(4月17日に)かけ替えられていたが、その下で記念撮影する人は皆無だった。
仲見世通りに入る。両側の商店はほとんどシャッターが下りていて、普段は見られない浅草ゆかりの図柄をじっくりと拝見することができた。
雷おこし や 芋羊羹の舟和など営業している店を数えたが、片手で済んでしまった。
これまた閑散とした浅草寺本堂に向かう。先行する参拝客がわずか一組だったのも、上京してからほぼ50年になるが初めての経験だった。
疫病退散祈願を終え、隣接する浅草神社にも参拝してから、言問通りに出て右折し言問橋を渡る。橋の名前の語源は「伊勢物語」にあり、天皇の愛妃との恋が露見して京の都から東国まで落ちてきた美男で有名な在原業平が、この川のたもと詠んだという「名にし負わば いざ言問わむ 都鳥 わが思う人は ありやなしやと」によるものだという。
都鳥=カモメの姿は見られなかった。
自転車に乗った家族連れが数組すれ違う。蒸し暑さが川風で吹き飛ばされて日差しが緩和され気持ちが良い。
橋を渡りすぐ右手の隅田公園に入る。
牛嶋神社に入るとマスクをしていないギャル一人が熱心にお参りしていた。恋の悩みを抱えているのかもしれないので、後ろでしばし待機する。
この間に神社を訪れる人はだれもおらず、思わず 金色多用のタイ ・ ネオンの後光が多いベトナム、と トウモロコシ型の仏塔が特徴のカンボジア ・ 屋根の装飾品が煌びやかな台湾 の寺と比べてしまう二人だった。
三回目のお参りを済ませて公園を南下すると、長い間にわたり工事現場を囲んでいた帆布がすっかり撤去されていて、すっきりとした公園に生まれ変わっていた。
トイレの、手洗いも最新式の自動操作で、手を触れることなく済ませることができるようになっていた。
東武スカイツリーラインの高架下も、「東京ミズマチ」商店街仕様に出来上がっていて、内装を整備中。6月には開店できそうだった。
墨堤通りを横断し、左岸の隅田川テラスに入る。行き交う人の数は50mで一人程度で、マスクを外して歩いて行けそうだ。
吾妻橋手前で地上に上がり、橋を渡り返す。後ろを振り返るとスカイツリーがくっきり。そういえば高いところが苦手な村谷はまだ登ったことがなかった。
まだぴかぴかな右岸テラス沿いの遊歩道を南下する。あいかわらず人出はパラパラ状態だ。あみ清の屋形船が何艘も所在なげに停泊中。
駒形橋、 厩橋を通過する。隅田川に架かるすべての橋が塗り直しとライトアップが完了していて、いつオリンピックが来ても良いように態勢が整えられていた。
蔵前橋の手前から地上に上がり、蔵前橋通りを東進する。
安田学園前の交差点を渡り、横網町公園に入った。池のすぐわきにあるベンチに腰を下ろして、軽い昼食タイム。生ビール&缶チューハイで乾杯する。
頭上を手厚く覆ってくれる緑の傘が、強まった日差しを遮ってくれる。
定番のチョコレート&チーズで小30分の休憩タイムを終えてから、園外に出る。
隣接する安田庭園とその先にある両国国技館は休業中。
京葉道路を横断して回向院に参拝し、本日4回目のお願いをした。
さらに南下し、堅川を一之橋で渡り、また左岸の隅田川テラスに降り立つ。
川面をガラガラな遊覧船が通過していった。
続く新大橋で地上に上がり、新大橋通りを東進する。
すぐ先に営業中の 蕎麦屋 「ひびき HANARE」 があったので入店する。相撲取り上がりのような立派な体格の店主がお出迎え。
生ビールを注文し、かき揚げ・たこ焼きとキムチをつまみに、初夏の暑さのようだった散歩を締め、森下駅から帰途につきました。(村谷 記)
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コース
東京メトロ銀座線など・浅草駅〜浅草雷門〜仲見世〜浅草寺・浅草神社〜言問橋(渡る)〜牛嶋神社〜隅田公園〜枕橋〜吾妻橋〜厩橋〜蔵前橋〜横網公園〜回向院〜〜両国橋〜新大橋〜新大橋通り〜都営新宿線、都営大江戸線・森下駅
<歩行距離:5.5km±α、歩行時間:1時間30分±α>
*(公財)東京都公園協会「隅田川水辺テラスのみどころマップ」を参照して歩きました。
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★2020年5月12日(火)「疫病除け祈願、隅田川テラス周辺の寺社巡り(浅草駅〜森下駅)」