我らが宿泊するホテルの名が、ここから来ていたのだ(ランナーは百万枚の田圃という意味)。
再びソンテウでホテルに戻り、今後に備えて体調を整えるべく、歩いて
テレサテン縁の インペリアル メーピンホテル や
チェンマイ プラザホテルの近くにある塩路お馴染みの
タイ古式マッサージ 店 に向かう。2時間、チップ込み400バーツ支払い、の料金で、体の隅ずみまで揉み解してくれる。
村谷の長年の弱点だった右ひざと左肩が、力強いマッサージで痛んだが、終わってみると全治していて大いに感謝する。
4時過ぎに部屋に戻り6時半まで休憩。歩き足りない村谷は濠までカメラ片手に出かける。夜のパレードにはまだ随分時間があるのに、大きな山車が次々に曳航されて来て所定の場所に設置されていた。
午後7時に大和と
ターペー門で待合わせし、
パレードとは逆行する形で南下する。出場待ちのお嬢さんたちにカメラを向けると愛想良くポーズを取ってくれ、ツーショット記念写真など十分に堪能してから
和食の 「家 族 亭」 で夕食とする。
大和と別れて、
ナイトバザールを南端から北上し、
空に無数に輝くコムローイ(熱気球)(You Tube)や
ピン川にきらきらと流れる数多の
灯篭 を深夜まで鑑賞した。
タイ旅のベテラン2名に明日からの観光コースの予約をお願いして、森&村谷はロビーで久々に日本の新聞(読売)を読む。村谷は渡辺明竜王の9連覇に喝采。
4人揃って、早めの夕食に街へ繰り出す。圧倒的な白人、中国人、韓国人などとぶつかるようにすれ違いながら進む。現地のタイ人OLが制服のまま帰宅する姿は、珍しくないそうだ。
早くもクリスマスツリーが点灯された
スクンビット駅 前直ぐ先を左折して、
炭串焼「夢路・バンコク店」 に入る。先ずはシンハービールで湿気を吹き飛ばし、大和の焼酎ボトルと同じ銘柄を注文して、お気に入りのツマミでぐいぐい。チェンマイの3日間は30度を越えた日がなかったが、バンコクも思ったほど暑くないので、鍋で締める。
食後は初心者のため、代表的な盛り場をいくつか案内してもらい、帰館しました。
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<第五日=12月1日(土) バンコク市内散策+サイアムミラミットショー見物>
微妙に毎日メニューが変わるホテルのバイキングを食べて、本日は旅の疲れを癒すべく、市内観光日とした。
BTSを乗り継いで
モーチット駅 から人波に任せるといつの間にか総店舗数1万店の市場にたどり着いた。
空は晴れてはいるものの、あまり気温が高くないのが有難い。まだ午前中とあって、開店準備中の店も多かったが、直線距離で約1キロ、幅200mほどもあるスペースに縦横無尽の通路が走っていて、何を買ったらよいのかわからないほどだ。待合わせ場所を決めて自由行動。
二日酔い?の村谷は、買い物はどうでも良くて、冷房のよく効いた
レストランを発見し、トムヤンクン+白飯+オレンジジュース=70バーツの朝食兼昼食を摂りほっとする。
待合わせ場所の市場の休憩所で3人が合流する。塩路&森は、カレーベースで色々野菜や肉などをトッピングした大皿を平らげる。ミニスカートの女性二人が、目の前で焼肉に合うスパイスの店頭販売をマイクを使って熱心に30分ほど行っていたが、さっぱり売れていない。
外に出て、迷子になったら落ちあうはずだった時計台を見上げつつ、再びBTSへ。
まだ、すっきりしない村谷は
ルンピニー公園 に行く塩路&森と別れて
スクンビット駅 まで行き、ショッピングセンター
ターミナル21 の5階にあるレストラン街で、冷たいブルーベリージュースを飲み干して漸く体調を取り戻した。
夕暮れとともに、4人揃ってMRTで
タイランド・カルチャーセンター駅 まで出馬する。
のんびりしたアナウンスに漸く慣れてきて、乗り越さずに無事に下車した。時刻は6時半前、迎えのマイクロバスで劇場・
サイアムニラミット に到着する。
夕食込み(1,850バーツ)なので、先ずは劇場に併設するレストランで夕食だが、階段の傍には早くも巨大なインド象がお出迎え。真近でみると迫力が凄い。
先ずは腹ごしらえ。バイキングだが、メニューは色とりどりでまたも食べ過ぎてしまった。
定刻になり、エレベーターで地上階に下りて、劇場に入る。
簡単な事前の説明画像の後は、全国民から絶大な信頼を寄せられている
プミポン国王陛下 の治世を讃える記録映像が放映されるため、我ら外国人も一斉に起立した(昨朝寝ぼけ眼でテレビを見ていたら、ロイ・カートンのお祭りに、車椅子の姿で出席される国王に対して、数え切れない国民が懸命に両手で伏し拝む姿を思い出した)。
いよいよ、全長65mの舞台で、総勢150人の役者と、象やヤギが演ずる90分間のタイ歴史絵巻が始まった。日本語を含めた解説文もあるので、あらすじは良くわかるし、本物のような川が流れていて素晴らしい出来栄えでした。
午後9時半に1時間半のショーが終わり、大型バスやマイクロバスのピストンで駅に戻り、BTSを乗り継いでホテルに戻ったのが11時前、明日は遠出するのでそのまま就寝しました。
バイキングでしっかりと腹ごしらえして、午前7時に迎えのワゴンに3人で乗車する。
本日のガイドは、お子さん一人のお母さん・ナーさん。中国人とタイ人のハーフで、日本語は1年間大学や語学学校に通って習得したという。なかなかの勉強家で、懇切な説明は非常に判りやすかった。
先ずは、王宮方面にくねくね曲がって向かう。途中で、
中華街 を通過する。早朝から屋台が出ているところは他と同じ。金行という看板が目立つ。ガイドさんによれば、タイ人も中国・インドなどと並んで金が大好きだが、換算レートが香港と比べてタイが最も有利?なため、中国人もわざわざタイまでくるという。紙切れしか持たない日本の年金生活者を反省した。
王宮前広場(サナム・ルアン) 横が駐車場だが、大型バスが目白押し。皇居前広場や、スカイツリー脇と変わらぬ混雑振りだ。
休日の仲見世以上の混雑を潜り抜けて漸く
王宮 に入場する。大人数の中国人観光客の存在が目立ち、夜には多かった白人客があまり多くないのは不思議だ。
チャックリー宮殿 は内部を見れない。タイ仏教の総本山である
ワット・プラケオ の本堂に安置されている翡翠の仏像は、日本ならば秘仏として滅多に拝見できないはずだが、撮影禁止でこそあれ、我らも拝観できるのは素晴らしい。年3回の衣替えは国王自らが行うそうだ。
王宮を守る猿と鬼の象の前で夫々ポーズを取った。衛兵が交代する儀式は、
一昨年、滝澤・塩路・田幸・中田・清水と行った台北・忠烈祠 とよく似ていた。
続々と詰め掛けてきた観光客をかき分けて、ワゴン車に戻る。本日も9人乗りに3人だからゆったり。
実質最終日のため、アユタヤまで約1時間の行程は夫々朝寝を決め込んだ。本日の天気予報では、6日間で初めての最高気温35度。
車から降りると熱くて堪らないが、これが本来のタイだ。
ここ
世界遺産・アユタヤ もチェンマイと同様に過去の王宮跡で、何かしら寂しさと懐かしさを感じる。
お馴染みのバイキング料理だが、豊富で味も慣れてきたのでビール3本で平らげた。
食後は足を伸ばして郊外の
バンパイン宮殿 へ。歴代王の避暑地として利用されたそうだが、日本人の我らでは暑くて堪らない。アジア各地の様式の建物が目立つが、ひときわ中国建築の明天殿が目立ち、現代に続く微妙な関係が窺われる。
続いて、
山田長政ゆかりの日本人街跡 。昨年の水害で一帯が水没した写真が飾られていて地形が良くわかる。まだ新しい記念館の開設時に、国民の人気が高い王女殿下が訪問された時の写真が大きく掲載されていて、日本人として少し誇らしき思った次第。
全長28mの巨大な涅槃仏がある
ワット・ロカヤ・スター も見物し、日曜日の参拝客の多さに圧倒されながら、隣接する市場で匂うハーブにもそろそろ飽きてきたようだ。
世界遺産の街を思い残すことなく堪能して、再びバンコクに車を飛ばす。
澄み切った夕焼け空を堪能してホテルに帰着する。
再び一昨日と同様、
炭串焼「夢路・バンコク店」 に出向いて、タイ最後の晩餐を同じメニューで味合う。
腹ごなしに盛り場ウオッチングしながら、ホテルに戻りました。
<第七日=12月3日(月) バンコクから成田へ>
早朝から混雑する道路を40分ほどで
スワナプーム空港 へ。
我らは
8時発のTG便だが、各地へ向かう初発便と重なるため空港は大混雑。
漸くチェックインできたものの、朝食を摂るほどの時間の余裕がない。
夫々使い残したバーツで免税品など買い込んで、無事に機上の人となった。
往路は満席だったが、流石に月曜の便は少し余裕があった。
オムレツなどの機内食を平らげて人心地がつき、お代わりのワイン・コーヒー、免税品のタイウイスキー、日本語バージョンの映画鑑賞をしているうちに、沢山お寺をお参りしたご利益なのか、予定より30分近く早い午後3時20分に、何事もなく
成田空港 に到着しました。
短い1週間でした。ぱらぱらっとは雨に降られましたが、全般的には順調で穏やかな天候に恵まれましたことに先ずは感謝いたします。
タイランド初めての二人のために、何度も経験したコースにお付き合いいただきました大和・塩路の両兄、豊富なご経験による情報を事前にご提供いただきました田幸兄、そして旺盛な好奇心で行程をリードいただきました森兄、皆様に感謝申し上げます。
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