<3月15日(火)高島平周辺探訪(高島平駅〜浮間舟渡駅)>
朝方からの雨が上がった都営三田線・高島平駅改札前に、左近・百石・田幸・村谷の4人が集合した。
改札口を行き来する乗降客の中に我らより高齢の男女が目立ち、大規模団地第一号の歴史が窺われる。
「高島平」の由来は、江戸後期の天保12年(1841)に、当地で洋式砲術の訓練を行った高島秋帆にちなみ、昭和44年に名付けられた。都心へ直結する通勤路線・都営三田線の開通に合わせて、昭和47年からこの大団地への入居が始まったという。
駅前のコンビニでつまみ調整の買い物を済ませて、西口から新河岸川方面に向けて出発する。
突当りが江戸後期には砲術の演習場だった徳丸原の跡地の徳丸ケ原公園。大部分がこども動物園(高島平分園)になっている(無料)。
早速入園すると、幼児とその母親たちで込み合っていた。羊やモルモットなどの動物をじかに触ることができるのが人気のようだ。われらも負けじと童心に帰ってくつろぐ。次々と幼児たちが訪れてくるので退出した。
雲がすっかり立ち去り、暖かな春の日差しがさんさんと注いできた。
板橋清掃工場が排出する熱源の一部を利用して運営されている熱帯環境植物館に立ち寄る(65歳以上130円)。
パパイヤほかマレーシアなど熱帯圏の植物や、タイを流れるチャオプラヤ川に住むという大きな淡水エイなど熱帯魚が中心に展示されている。
名前だけは知っていても実物を見ることがなかなか難しい動植物を実見できるのは楽しい。温室なので心地よく、案内表示に従い残すところなく巡った。
★管理人付記⇒管理人たちが行った マレーシア旅のページ ・ タイ王国旅のページ
園外に出ると春の日差しが少し涼しく感じられる。
徳丸橋で新河岸川を渡る。たっぷりとした川幅を眺めていると、江戸の全盛期には裕福な商人が川越までの船旅を楽しみ、豊富な農産物を江戸まで運ぶ船々の姿が浮かんでくる。
荒川の高い土手に突き当たる。正面の急階段は避けて、後期高齢者たちは右手の緩やかなスロープを選択した。
幅広い階段を下り、荒川戸田橋緑地に降り立った。舗装された広い道を時折自転車が行き交うが、歩く姿はない。
土・日・休日だけ利用できるバーベキュー広場と荒川戸田橋陸上競技場との境目にある大きな柳の木の下でシートを広げ、昼食休憩とした。
先ずは乾杯、冷たい飲み物が一段と心地よい季節になったと実感する。ずらりと並べたつまみを、村谷が滝澤をまねて(足元にはまだ及ばないものの)仕立てたぬる燗で食べつくす。本日の第一番は、左近夫人の手になる知多半島産のウドで、胡麻和えと葉の天ぷらがまさに日本酒向けの絶品だった。
まん延防止等重点措置が「21日解除」となったらと、四季の花々の鑑賞や過去に訪れた信州・上州・越後への再訪などを話題に、大1時間の宴を終えた。
そのまま土手に沿って進み、戸田橋を潜ってから荒川と分かれて右折、浮間公園で最後の休憩。評判のチューリップの見ごろは来週以降とのことだが、池の中に羽を休めていたキンクロハジロほかまだ渡っていないらしい鳥たちを眺めた。
埼京線・浮間舟渡駅から左右に分かれて帰途についた。(村谷 記)
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コース
都営地下鉄三田線・高島平駅西口〜徳丸原遺跡碑〜こども動物園高島平分園〜熱帯環境植物館〜徳丸橋〜荒川土手〜荒川戸田緑地〜戸田橋(JR各線を潜り抜ける)〜中山道戸田の渡し跡〜都立浮間公園〜埼京線・浮間舟渡駅
<歩行距離:4.5km±α、歩行時間:1時間10分±α>
*「いたばしまちあるきマップ」のうち「高島平エリア」を参照し、その一部を歩きました。
⇒ 概 要 面 ⇒ 地 図 面
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★2022年3月15日(火)「荒川の土手散歩(高島平駅〜浮間舟渡駅)」