<1月7日(火)日本橋七福神散歩(小伝馬町駅〜人形町駅)>
松の内最終日の「人日(じんじつ)」に、東京メトロ日比谷線・小伝馬町駅近くの十思公園に集合したのは、小林・百石・田幸・村谷・山内の5人。
小伝馬町牢屋敷跡に設置された園内には、吉田松陰の処刑場跡や江戸最初の時の鐘・ 「石町の鐘」があることで知られている。
われらの集合時間が幼稚園・保育園児の運動時間と重なっており、近隣から時間差で何組ものグループが交替で訪れてくる貴重な場所として利用されている。
公園の目の前にある大安楽寺 (大倉喜七郎 と 安田善次郎が寄進して建設された真言宗の寺院)に、道中無事をお願いした。
江戸通りを横断し、人形町通りを横断する。
最初の立ち寄り先は右手の小路の奥の椙森神社(恵比寿神)。曲がり角が四角い空き地になっていてAPAHOTELの建設予定地になっていた。
境内は十数人と比較的すいていた。村谷と同じ「日本橋七福神巡拝地図」を手にした外国人と思しき女性が、「恵比須さんね」と日本語で話しながらお参りしている。
本日の日本橋七福神は、交通至便で距離も最短、飲食店が多く打ち上げにも好適と人気のコースだ。
拝殿右手の鳥居を潜り、人形町通りに復帰して横断、大門通りを南下する。ここまでの道中で、他の街には見られそうにない江戸情緒あふれた個性的な店をいくつも発見、さすがに江戸商人の街だ。
金座通りを横断し南下、左手先にある末廣神社(毘沙門天)に参拝する。小ぶりな社殿前に屯するのは、われらと同年配のグループ。
東進し、笠間稲荷神社(寿老人)に遥拝した。
清洲橋通りに出て右折、明治座までくると行列ができている。本日から1か月間開催される純烈の激烈コンサートがお目当てだ。地方にも根強い人気を持つ歌手たちなので、他県からのファンも多く混じっているのでは?
浜町公園に入ると我らと年齢層が近そうな100人近くの一団が集合中。東日本鉄道OB会の旗がいくつも掲げられていた。
隅田川テラスに出ると、大きな木のテーブルは二つとも空いていて、日当たりのよさそうな奥を選択した。
新聞紙をテーブル一杯に敷き詰めて、まずは乾杯。無事に新年を変えることができたことに感謝する。村谷と山内が久々に2台のバーナーに点火し調理開始。
本来は七草がゆで御節料理につかれた胃の腑を休める日なのだが、われらはニラたっぷり牛モツ鍋・豚味噌漬け・チャーシュウと肉で攻める。山内が抜群のブレンドで日本酒の熱燗を提供、締めはたっぷりの野菜を投入した闇鍋、すっかりと満腹になった。
浜町公園の南側には新たに広い柵が設置されていて、日本橋中学校改築に伴う仮設校舎が建設中。周辺には巨大マンションが林立し、中央区のご苦労を拝察する。
新大橋通りに入り、右手奥の松島神社(大国神)は遥拝。
左手の水天宮 (弁財天)に参拝する。おなかの大きな女性がちらほら、安産の神様でもある。平日のためなのか参拝の列は長くない。
通りを横断し茶ノ木神社(布袋尊)に参拝。ここにもわれらと同様の老人グループが数組。
小網町界隈の勤務経験者にとっては高根の花だったという鰻の有名店「喜代川」前を通過、年金生活者には厳しい値段だった。
七福神の最後は小網神社 (福禄寿)。遠くからもわかるほどの長い行列は数百人。今年もまた遥拝して人形町駅にゴールイン。
田幸追記:2012年5月、小網神社に参拝した時に 「安田生命」 の提灯が掲げられていたのを思いだしました。
交差点傍の日高屋の2階最奥席を確保して、今年のYSC初歩きを締めました。
なお、「人日」は一年で最初のご節句。他は3月3日の「桃」、5月5日の「端午」、7月7日の「七夕」そして9月9日の「重陽」があり、いずれも縁起が良いとされる奇数が重なる日となっている。(村谷 記)
コース
東京メトロ日比谷線・小伝馬町駅近くの十思公園〜小伝馬町交差点〜椙森神社〜人形町通り〜人形町交差点〜金座通り〜大門通り〜末廣神社〜笠間稲荷神社〜明治座〜浜町公園〜新大橋通り〜松島神社〜水天宮〜新大橋通り〜茶ノ木神社〜小網神社〜東京メトロ日比谷線、都営浅草線・人形町駅
<歩行距離:4km±α、歩行時間:1時間分±α>
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★2025年1月7日(火)「日本橋七福神巡り(小伝馬町駅〜人形町駅)」