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 イベントに向かう若者たちが続々と改札口から出てくるさいたま新都心駅に、島田・百石・田幸・村谷・山内の5人が集合。

 人ごみをかき分けてエレベーターで地上に降り立つ。雲一つない青空と風速3mの予報を下回る微風は、絶好の散歩日和。
駅東口一帯は片倉工業の広大な工場跡を再開発した一大ショッピングタウン・コクーンシティ。広々した駐車場には買い物客の車が次々に訪れる。

 吉敷町交差点に立つ一の鳥居から2kmの氷川参道が始まる。
江戸初期には旧中山道が参道と重なっていて、参拝客と重なり込み合っていたため、寛永5年(1628)に交差点左手に新たに旧中山道を開通させた。
 氷川参道と中山道に挟まれた場所が宿場町として発展、現在の大宮の基礎となったという。

 左手正面がJR線大宮駅に通じる大宮中央通りを横断すると二の鳥居。ここからは歩行者専用となる。YSC散歩で氷川参道を歩き通すのは久しぶり。
道の両側には大宮区役所をはじめお洒落な建物が一気に増えている。ところどころにケヤキの老木の切り株が点在し、生命の変遷が垣間見えるようだ。

 社殿の少し手前に真新しい休憩所があったのでトイレ休憩。暖房が効いた木製ベンチがたっぷりで、年末年始は救護所兼迷子案内所に転用される。
ここで島田から「昼食はいつもの大宮第二公園ではなく、各地の名産・銘酒がそろっているので島田宅直行で いかが?」というありがたい提案をいただき、感謝、感謝。

 左手の神池の岩は、寒さのためか亀のピラミッドがいつもより小さいようだ。
武蔵一宮氷川神社は、明治元年10月に明治天皇ご自身が500人の行列で江戸城から当社まで参拝され、官幣大社とされた。翌明治2年からは、毎年8月1日の例祭
に全国で唯一、勅使が参拝されている。当時の様子を描いた巨大な絵が、左手の壁面に掲示されている。
 また、「大宮」の由来は「大いなる宮居」からきたもの。全国各地に大宮の地名があるが、いずれも旧国名などを冠するのが通例となっている。
込み合っていない拝殿で参拝し、今年一年無事に過ごせたことにお礼を申し上げた。初宮参りの家族連れも数組。

 左手から大宮公園に向かう。日差しがまぶしい。
右手の広い白鳥池は見沼の水源の一つで、広大な見沼田んぼを支えていた。

 NACKS5スタジアム大宮横を通過する。Jリーグ二部に復帰した大宮アルディージャの来年の健闘を祈った。
歩道橋で産業道路を横断、ハナミズキ通りを東進、見沼代用水西縁に着いた。水車小屋前で小休憩の後、流れに沿って南下する。
左手にはテニスコートやグラウンドが次々に出現、体育環境のすばらしさを実感する。
さいたま春日部線を横断し、ほどなく到着。

 テーブルに持ち寄りのつまみを並べる。下関産ふぐの白和え、北海道産の数の子たっぷりの松前漬、きびなごなど干物はレンチン。
お酒は山内が絶妙の熱燗で提供。

 それぞれ今年一年間の出来事を振り返り、大3時間強を楽しんだ。
冷え込んできたのでバスに乗車し大宮駅へ向かう。

 インフルエンザ
新型コロナが流行る年末年始を乗り切って来年1月7日(火)のYSC散歩「日本橋七福神巡り」での再会を約し、散会した。(村谷 記)

コース
  JR京浜東北線など・さいたま新都心駅東口〜コクーンシティ前〜氷川参道一の鳥居〜大宮中央通りを横断〜平成ひろば〜さいたま春日部線を横断〜武蔵一宮氷川神社〜大宮第一公園〜産業道路を横断〜見沼代用水西縁〜大宮第二公園〜見沼代用水西縁〜大宮第三公園〜堀の内バス停=(バス)=JR高崎線など・大宮駅東口
     <歩行距離:4km±α、歩行時間:1時間±α>

  *『さいたま市内半日観光ルート』の中の「盆栽村ルート」を参照し、その一部を歩きました。

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★2024年12月28日(土)「武蔵一宮氷川神社参拝(さいたま新都心駅〜大宮駅)