時折、土砂降りの雨が予報されている東急田園都市線と大井町線の二子玉川駅改札前に、百石・田幸・清水・村谷・山内・三橋の6人が集合した。
おしゃれな駅舎と乗降客の姿に、見慣れた新宿駅とはずいぶん異なった雰囲気を感じる。

 線路に沿って西進し、多摩川に向かう。多摩堤通り沿いのコンビニで、つまみ調整の買い物を済ませてから、野川と多摩川に囲まれた中洲上にある兵庫島公園に入った。以前の増水騒ぎを踏まえた堤防工事が大々的に行われていた。

 公園の名前の由来は、南北朝時代の正平13年(1358)に新田義貞の次男・義興一行が鎌倉を目指して矢口渡を船で渡ろうとした際に、裏切りにあって船底に穴をあけられ、岸から矢を射かけられて打ち取られた故事による。その際の奮闘した由良兵庫助を偲び、後世に名付けたという。
 そんなこととは無関係な夏休み中らしい親子が、水路で魚取りに興じている。前方に黒雲がわき、ぱらぱらと降ってきたので屋根付きベンチで最初の休憩。四つの椅子を譲り合う。

 雨が弱まってきたので傘を差して出発。野川を跨ぐ兵庫橋が工事中で通れず、線路際まで戻り北上する。

 プラウドタワー二子玉川のマンション群の横から右折し、多摩堤通りを横断、続いて国道246号線を潜り抜ける。道筋の
百日紅が赤花・白花ともに見ごろだ。

 二子玉川小学校入り口交差点の一本先の道を左折北上する。かつて玉電・砧線が走っていた鉄道軌道跡の道。雨が上がったので傘をリュックにしまい込む。

 右手の二子玉川団地が途切れたところを左折し、吉沢橋交差点で多摩堤通りに合流、次の角を右折すると制服姿の男子高校生とすれ違う。広々したグラウンドはさすがに東京23区で最大面積を誇る世田谷総合高校だと感心する。

 丸子川を渡り、岡本公園に入る。岡本民家園旧長崎家住宅の入り口で清掃中のご婦人に、田幸が「昼食休憩のため、古民家を1軒お借りしたいのですが?」と尋ねると、「古民家はちょっと… 空いているあづまやがありますのでどうぞ」。

 堅牢な屋根付きのベンチをお借りすることができてラッキー。

 まずはお二人のご婦人が丹精込めて整備されている古民家を鑑賞する。囲炉裏からいい匂いの煙が立ち上っている。
一通り拝見し、わらぶき屋根を背景に写真を撮ってから昼食タイム。

 木製テーブル上に持参のつまみを並べる。まずは乾杯。
湿度100%の蒸し暑さだが、緑陰と明るい日差し、漂ってくる囲炉裏からの煙で静謐な気分が味わえる。6人12様のつまみに山内がブレンドしてくれた吟醸酒が加わり、まさに甘露、甘露。

 諸兄姉の近況などを話題に大1時間の休憩、途中でまた ひと雨ザーッと降ってきたが全く影響がなかった。

 静嘉堂緑地の竹林の崖下を流れる丸子川に沿って南下、下山橋、雁追橋を過ぎたあたりで再び雲行きが怪しくなリ大粒の雨が降り出した。

   
※管理人付記:国宝 曜変天目茶碗などを所蔵する静嘉堂文庫美術館は、令和4年 この緑地内から重要文化財 明治生命館の1階に 移転しました

 山側に瀬田四丁目旧小坂緑地立派な門(裏門でした)が見え、6人が雨避けできるスペースがあったので、30分ほど雨宿り。
 何発も近くに雷が落ち、行き交う路線バスが水しぶきを上げて通り過ぎる。数名は土砂降りの雨の中、緑地をちょっとだけ散策。

 少し先に玉川大師があるが、遥拝することにして駅方面に下る。

 再び玉電通りに出て、玉川高島屋S・C本館に入り、南館を抜けて、二子玉川ライズショッピングセンターおよび東急ストア先まで足を伸ばして打ち上げ場所を探すが、われらに相応しくない高級店が多く、6人座れる空席がない店ばかり。

 やむなく打ち上げは見送りにして、二子玉川駅からそれぞれ帰途につきました。(村谷 記)



コース
 
東急田園都市線・二子玉川駅西口〜兵庫橋公園〜多摩堤通りを横断〜国道246号を横断〜二子玉川小前を左折し旧玉電通りを北上〜世田谷総合高を半周〜岡本公園岡本民家園岡本静嘉堂緑地・瀬田四丁目旧小坂緑地〜下山橋(丸子川)〜玉川高島屋〜二子玉川駅
     <歩行距離:3.5km±α、歩行時間:1時間±α>

  *世田谷まちなか観光交流協会・歩いて出会う世田谷24の物語「二子玉川駅から岡本静嘉堂緑地へ」を参照し、中間部分をカットして歩きました。

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★2023年8月22日(火)「世田谷南部の川と公園巡り(二子玉川駅から周遊)」