朝夕は雨との予報だが、明るい曇り空が広がる東武佐野線・佐野市駅改札口に下り立ったのは、島田・田幸・村谷の3名。
「関東の小京都 SANO 市内散策マップ」を片手に、東武線に沿ってメインストリートを北上する。
※ 「小京都 佐野の旅」のページを紹介します。
最初の立ち寄り先は、浄土宗・宝龍寺。法然上人像が見守っている本堂で、本日のちょうど良い天候の維持を祈願する。
営業年数200年の田丸屋が建つ交差点を右折すると、古風な鋳物屋が2軒続いている。1000年の歴史を持つ天明鋳物のふるさとに相応しい。
広壮なJA佐野本店の建物と、広々した佐野小学校の校庭横を通過し、次の目的地、あやめ塚と呼ばれる「ほとゝきす鳴くや五尺のあやめ草」の芭蕉句碑がある県立佐野女子高校へ向かう。
お目当ての碑は校内にあるので見学は難しいと諦めていたが、丁度正門前で一服していた学校職員の男性に声をかけると、気軽に中に通していただいた。
この塚は一時他所へ持ち出されていたが、同高校の女子学生の活躍で無事に戻ったエピソードを教えていただいた上に、カメラのシャッターまで押していただき恐縮の至りでした。
佐野市の鳥・鴛鴦の銅像をも撮影し、授業の邪魔にならないよう退散した。
隣接する浄土真宗・徳雲寺でお礼のお賽銭を差し上げてから、日光例幣使街道に出た。
宿場町として栄えた面影が、町並みに残っている。
コンビニで昼食の買出しをして、日光例幣使街道に沿って左折する。
引地山観音堂がある観音山公園に入り、ツクツク法師が鳴く林のなかの絶景ポイントにあった東屋で早めの昼食とする。
いつのまにか青空が出てきて、近くの山並みがくっきりと浮かび上がる。
先ずは乾杯、気温が上がってきたのでのどに浸み込んでゆく。
後の佐野ラーメンを楽しみに、控えめなツマミだが話題は広がりいつもどおりの大休憩になってしまった。
1時間に1本程度の東武線電車が、上下とも通過した。北側から公園を降りて、東武線と両毛線を通り過ぎると、まだ新しい家並みが続いている。唐沢観光通りを西に進み、城山公園に入る。
城山記念館で休憩をかねて歴史を学ぶ。当時の佐野城主が関が原の戦いで西側についたため、滅ぼされ城も廃城されたという。
内堀だった通りを南下し、朝日森天満宮に参拝した。
天神様に欠かせない牛の像の由来は、菅原道真公が丑年生まれだったのと、学問は牛の胃のように何度も咀嚼すると身につく、という意味とか。
珍しい梅並木の参道を南下し、再び日光例幣使街道に出て、 佐野東石美術館 に入る。横山大観はじめ著名な画家や板谷波山などの工芸家の作品が展示されているほか、特別展が開催されていて、人間国宝・田村耕一展が見られてラッキーだった。
続いて、待望の 関東の三大師 佐野厄除大師・惣宗寺 に参拝、田幸・村谷は初の訪問だ。
何度も来ている島田によれば、こんなに空いていたのは初めてだったとのことだが、本堂の中には厄払いを受ける人々が大勢いた。
厄除け大師まん前の佐野市観光物産館で採りたての栗などのお土産を求め、待望の佐野ラーメンは、村谷がネットで調べておいた青竹打ち麺の Ra (ラー)へ行く。
非常に腰の強い細麺が、澄み切った醤油味のスープと極めてマッチしていて絶妙だった。餃子も、お肉たっぷりで美味しかった。
※ 佐野ラーメン「 Ra (ラー)」で食べた方の報告ページを紹介します。
腹ごなしに佐野市駅まで歩き、天気と幸運に恵まれた本日の散歩に感謝しながら帰途につきました。(村谷 記)
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コース
東武佐野線・佐野市駅〜観音山公園〜城山公園〜朝日の森天満宮〜佐野厄除け大師〜佐野市観光物産館〜佐野市駅
<距離:7.5km 合計歩行時間 約2時間30分>
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※東武鉄道作成 「タウンウオーキング佐野」 のページへ。 参考にして歩きました。 ⇒リンクが切れたようです。
※写真豊富な「質素な写真展示室」さんの「小京都 佐野の旅」のページへ
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★2009年9月15日(火)「佐野厄除け大師と日光例幣使街道の宿場」