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<1月12日(月&祝)「江戸」と「東京」が上手に調和したまち散歩(大塚駅〜巣鴨駅)>

 快晴微風のJR山手線・
大塚駅改札前に小林・百石・田幸・清水・村谷・和智・山内の7人が集合した。

 南口から都電・荒川線に沿って坂道を上がり、天祖神社に参拝し本日の無事と今年一年の弥栄をお願いした。

 昭和の面影が色濃く残る飲食店街を抜け、バス通りに出た。コンビニでつまみ調整の買い物を済ませ、
大塚駅に戻る。

 北口から宮仲公園通りを北上し、北大塚3丁目交差点を右折、村谷が下調べしていた西巣鴨公園に入ると、幼子と遊ぶ若い父母たちで大賑わい。やっと木のベンチを一つ確保し、シートを重ね敷いて昼食休憩に入る。

 まずは無事に新たな年を迎えられたことに乾杯。ずらりとつまみを並べ、山内が鍋、村谷が熱燗に着手した。

 年末年始に物故された諸兄姉のご冥福を祈りつつ、各人の抱負を披歴しあう。何事かと興味津々な子供たちの視線を浴びても、ヤスダさんぽクラブ24年間の野外昼食の経験で動じない。

 休日の公園で目いっぱい子供の相手をすることがかなわなかった昭和世代にとっては、少し耳が痛い環境に負けず、飲み喰いする。締めに残ったつまみを全部鍋に投入、残らず平らげた。

 腹ごなしをかねて少し北側に膨らむよう遠回りしたのが正解。大きな特養施設の前に、村谷の下見時には見つからなかった明治女学校跡の碑を発見。明治29年の火災で当地に移転、20年余りで閉校したものの、教授陣には明治期に活躍した津田梅子、島崎藤村、北村透谷など有名人が、また卒業生には、新宿中村屋の創業者の相馬黒光、自由学園の創始者羽仁もと子、作家の野上弥生子などがおり、日本の近代史に名を残す多くの人材を輩出したとの解説を読み、驚かされた。

 続いて旧中山道を右折、都電・
庚申塚駅踏切を渡り、猿田彦が祀られている庚申塚に参拝した。

 そのまま巣鴨地蔵通りに入り、少し先の小路を左折し、白山通りを渡る。

 立派な山門をくぐり、 本妙寺 に入った。「遠山の金さん」や、囲碁の歴代本因坊、将棋の在野の名人・天野宗歩など著名人の墓がある古刹。明暦3年の大火の火元の一つとされ、明治44年に本郷から移転した。

 白山通りを渡り返し、地蔵通りに復帰し、巣鴨地域文化創造館でトイレ休憩。ここ数年で店舗の世代交代が進み、おばあちゃんの原宿が本物に近い?ほど、おしゃれな店と若い世代で溢れていた。今日は成人の日、着飾った着物姿の若い女性たちもちらほら。
                                                            
 全国の健康郷土食をそろえたお店「近江の館」に立ち寄る。人気1位の青森産しじみみそ汁と5位の大阪産お汁粉をそれぞれの地に所縁があるメンバーがお買い上げ。

 混雑するとげぬき地蔵尊にお参りし、江戸六地蔵尊の一つにも参り、
巣鴨駅前にゴールイン、病み上がりの田幸は帰宅の途に…

 YSC御用達の日高屋が満席だったので、眞性寺横の路地にある 上海 料理 「縁来家」 に入り、餃子・麻婆豆腐などの一品料理とサワー・紹興酒で打ち上げました。(村谷 記)


 コース
   JR山手線・大塚駅南口〜天祖神社〜大塚駅北口(都電に沿って北上)〜空蝉橋下交差点〜西巣鴨公園〜明治女学校跡〜庚申塚駅・庚申堂〜白山通りを横断〜本妙寺〜白山通りを渡り返す〜巣鴨地蔵通り〜巣鴨地区文化創造館〜高岩寺・とげぬき地蔵尊〜江戸六地蔵尊・眞性寺〜JR山手線など・巣鴨駅
     <歩行距離:3km±α、歩行時間:1時間±α>

   * 豊島区観光協会「ぐるっと豊島」の中の『エリアD 大塚・巣鴨・駒込』を参照し、一部カットして歩きました。

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★2025年1月12日(月・祝)『「江戸」と「東京」が調和した心安らぐ不思議な街散歩(大塚駅〜巣鴨駅)』