曇天・微風のJR山手線・高田馬場駅改札前に、久々の参加の須永に小林・百石・田幸・村谷・和智の6人が集合した。
 駅構内を行き交う乗降客の中に外国人が増えたのを実感し出発。

 まずは現役時代にはそれぞれ通った思い出がある事務センター方面に向かう。今も 、今年3月に設立60周年を迎えた こころの健康財団 、ライフプランアカデミーなどの後継= ライフプランセンターが入居している旧・高田馬場第二ビル前を通過し、学習院の森を背にした堅牢な建物の前に立ち、健在な姿を見上げた。

 明治通りを横断し、高戸橋新目白通り側から神田川の右岸に入る。神田川の魚道を示す標識を確認。田幸からアユの通り道との説明。
 この下流、都電 面影橋駅から都電 早稲田駅の北側部分(面影橋〜豊橋)あたりの神田川底には貝の化石がびっしりと貼りついている、とのこと。

 いったん左岸にわたり、面影橋の袂で木蔭にひそかに佇む「山吹の里碑」を鑑賞し、右岸にわたり返して新目白通りのコンビニでつまみ調整の買い物を済ませてから少し戻り返して、甘泉園公園に入る。

 御三卿の一つ・清水家の下屋敷跡で、名前にふさわしい泉を囲む風情が気持ちをほっと和ませる。

 隣接する広場の一角にシートを広げて昼食タイム。ついこの間までの あれほどの暑さが嘘のような陽気に乾杯。

 数々のつまみの中で一番人気は、須永提供の『ミレービスケット』。高知市の有限会社野村煎豆加工店が製造・販売しているビスケット、地元の尽力者の熱意と いろいろな味付けで全国銘柄に成長した。素朴な味ながら一口で食べやすい大きさがお酒のつまみにぴったり。諸兄姉の近況を中心に大1時間。
  
…管理人追記:明治製菓(現、明治)由来の ミレービスケット や ミレーフライを製造・販売している会社は三ツ矢製菓ほか愛知県・静岡県や岐阜県などにも数社あるが、須永・小林・百石のゴルフ仲間で高知県在住の友が支援している野村煎豆加工店から須永が購入している、とのこと。近所の超市(super market)では、野村と三ツ矢のミレービスケットが売られていました。

 神田川に復帰する。

 この先からは、当地で多感な幼少期を過ごした須永が、昭和の時代を振り返りつつ丁寧に説明してくれる。

 まずは肥後細川庭園に入る。江戸時代には目白台の南斜面沿いに多くの大名屋敷が立ち並んでいたことが窺われる。

 水神社胸突坂関口芭蕉庵、 椿山荘コロナ禍以降閉まっている冠木門前を通過し、神田上水取水口大洗堰跡に着く。井之頭池を取水源とする神田川を関口大洗堰でせき止めて、神田上水として江戸市中に導いた。

 徳川家康が江戸開府(1590年)して真っ先に着工を命じた経緯は、村谷の掌編小説でも記述済み。
 俳聖・松尾芭蕉が当地に居を構えて、神田上水の土木工事にあたったことでも知られている。

 江戸川公園で最後の休憩。河岸が舗装されていなかった昭和の時代に、早稲田実業学校や各大学の運動部員たちが競い合って走ったという。
 金木犀の香りに送られ、公園をあとにして
江戸川橋駅にゴールイン。

 交差点傍、みずほ銀行江戸川橋通り側並びの日高屋で打ち上げました。(村谷 記)


 コース
   山手線など・高田馬場駅〜神高橋(神田川)〜高田橋〜明治通りを横断〜高戸橋〜魚道〜面影橋〜山吹の里の碑〜新宿区立甘泉園公園〜豊橋〜肥後細川庭園〜駒塚橋〜椿山荘横〜神田上水取水口〜文京区立江戸川公園〜東京メトロ有楽町線・江戸川橋駅
     <歩行距離:3km±α、歩行時間:1時間±α>


   *東京都建設局河川部「東京の川を歩こう」の中の『神田川』を参照し、その一部を歩きました。

   *「神田川 高田馬場駅から江戸川橋散歩」での検索結果のページ


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★2025年10月21日(火)「神田川中流部散策(高田馬場駅〜江戸川橋駅)」