★2009年6月30日(火)「谷根千から上野、湯島へ」
曇天のJR線・西日暮里駅に集合したのは、左近・百石・山岡・田幸・村谷の5名。
先ずは、JR線を潜り、道灌山通りを南下、谷中方面に左折する。
午前中は雨との予報だったが、この5名の晴れ男に免じて?雨は降ってこない。
谷中七福神の恵比寿様をまつる“花見寺”・青雲寺を過ぎて、今日は雲の中だったが今も富士山が遠望できる日があるという富士見坂を上り、諏方(訪)神社、“雪見寺”・浄光寺へ。静かな佇まいは、穢れた世の中を渡り歩いた?我ら一同の心を清めてくれました。
次々と現れる諏訪台通りの両側に立ち並ぶお寺の数に圧倒されながら、“月見寺”・本行寺へ。ここを江戸での定宿?とした小林一茶の句碑などを愛でて、谷中霊園に入る。
桜通りの突き当りが、徳川慶喜や横山大観の墓があるという谷中七福神の毘沙門天様をまつる天王寺で、中高年グループで混み合っていた。
昭和32年に焼失した谷中五重塔跡を見学し、さくら通りとお別れして、いちょう通りに入る。
歴史を感じさせる墓が続き、谷中霊園を後にして一旦、三崎通りに出て山岡鐵舟によって開基した寺=“幽霊画の寺”岡鐵舟によって開基した寺=全生庵へ。墓地に入るのは遠慮して 共済五百名社の第一号契約者、茨城県の初代知事・山岡鐵舟の碑や、孫文揮毫の山田良政君碑、三遊亭圓朝の碑などを参拝した。
三崎坂を下って、不忍通りへ出る。コンビニで昼食の仕入れを行い、根津神社へ。
本日は、午後6時から夏越の祓(なごしのはらえ)、茅の輪くぐりが行われるので、われらは一足お先に、茅の輪を左から右へと8の字+左のみ1回周り、本殿で今日の無事を感謝し、今日の幸福を味わった。
続いて、動物園通りから上野公園に入り、正岡子規記念球場となりの手ごろな高台に登り、シートを広げて遅めの?昼食とする。時刻は12時半近い。
先ずは、何といっても乾杯。やはりビールが旨い。適度な気温と、手ごろな風、丁度よい湿度に感謝し、いつものように話題が果てしなく?広がった。
晴れ間も出てきて、神輿を上げて、ハスの葉が一面に広がった不忍池、弁天堂で降雨なきことに感謝する。蓮花はわずかに咲いていただけ。地元の住民?によれば。まだまだ早いそうだ。
廃業・解体中の池之端文化センターの横の坂道を登り、旧岩崎邸庭園に200円(65歳未満は400円)を支払い入場する。敷地が明治の創建時の1/3のに減じたとはいえ約5,000坪の庭園の広さと、贅をつくした住居に感心するばかり。
入場券売り場から坂道の下り口にさしかかると、上品な、クチナシ?サザンカ?の香りが漂っている。
付近を捜すと、クリーム色で目立たない花が香っている。木の下にある名札をみると「モッコク」でした。
近隣接の湯島天神でも本日午後5時から夏越の祓、茅の輪くぐりが行われるので一足お先に茅の輪をくぐり、本殿で今日の無事を感謝し、今日の幸福を味わった。
境内の「新派」碑と、山岡の案内で王貞治前監督座右の銘かつ揮毫の「努力」碑をしっかりと確認し、清水坂を下って湯島聖堂・孔子廟で孔子様に参拝。
湯島で日本と中国の両賢人に学問成就祈願と、本日の好天に恵まれたお礼を申し上げ、ここで終業することとした。
御茶ノ水駅前の日高屋で、餃子に茶豆、空豆、キムチなどヘルシーなツマミで打ち上げ。
このあと、左近は当初予定に入っていた神田明神に向かい、4名は御茶ノ水駅から帰宅の途につきました。(村谷 記)
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コース
JR山手線など・西日暮里駅〜浄光寺〜本行寺〜谷中霊園・天王寺〜五重塔跡〜根津神社〜上野公園〜旧岩崎庭庭園〜湯島天神〜湯島聖堂〜JR中央線など・御茶ノ水駅
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