※四国霊場八十八ヶ所の参考ページを紹介します。

 ⇒ 四国八十八ヶ所霊場会公式ホームページ

 ⇒ へんろみち保存協力会

 ⇒ 仏表装の専門店「表装の詠智会」

 ⇒ 「掬水へんろ館 - 歩き遍路を中心とした四国遍路の実践」さんのページ

 ⇒ 四国電力送配電(株)提供の
「お遍路サポートアプリ 遍路のあかり」


 ※吉田さんの四国霊場八十八ヵ所歩き遍路の旅が載ってるページ

 ※写真は村谷の携帯電話で撮って、レポートとともに写メールで送信、田幸にPCで受信してもらい、このページにアップしていただきました。
 ※俳句は村上兄の作です。
   …転記ミスがあるかも…ご容赦下さいね。
 ※村谷は2006年9月21日土佐までの二国打ちで中断し、そのあと謎の行動?で、29日帰京しました


 ⇒ ※村谷は、翌2007年7月9日〜21日伊予、11月16日〜28日讃岐で打ちあげました。

 ⇒ ※村谷と同行した村上さんの通し打ち「秋遍路(俳句でつづる歩き遍路の旅日記)」へ


★第 1日: 2006年9月 1日(金)


 210日、風の盆の初日、防災の日、村上&村谷は、新幹線で岡山へ。
特急、JR高徳線に乗り継ぎ、板東駅下車。
・・・徒歩約25分、午後3時に無事、
 観梅苑 」に到着。

 一番・霊山寺て、遍路用品を確保し、参拝を済ませた。
宿は快適で、天気もよし、明日が楽しみです。

◆東京を発って遍路の旅に出る。

 
秋遍路 讃岐の山の やさしげに

 
虫の音や 遍路の旅の 第一歩

 
秋の蝶 とめどもなしに さまよえリ

 
逝きし友 弔ふ旅や 秋遍路


 台風12号が小笠原諸島の東に、この後、沖縄?九州?はたまた四国⇒本州東海上を北上し、O.K

       

       

★第 2日: 2006年9月 2日(土)

 予定の民宿寿食堂」に予定の1時間前に着きました。
昨日に引き続き晴天で日陰がほしいくらいです。

 二番から五番まで済ませて、大木と寺が豪華で風格があるのを感じました。

 宿には、菅直人や萩原健一も来たそうですが、我々二人は、懺悔すべき点がないことを確認した次第です。


◆一番寺より いざ出発。

 
接待の 女人の笑みや 酔芙蓉

 
ぼろまとひ 思案顔なる 案山子かな

 
遍路笠 風にあおら

    二番・極楽寺には、空海お手植えの、樹齢1,200年?の「長命杉」が、
    三番・金泉寺には、の大木と並木。
    四番・大日寺には、「小判の木」と呼ばれる木の大木、
    五番・地蔵寺には、銀杏の大樹があります。

    

★第 3日: 2006年9月 3日(日)

 本日も晴天。
 7時に宿を出る。日曜のせいか、道も寺も空いていて、吉田兄ご教示の予定を上回り、午後2時すぎに宿泊先の「
本家ふじや」に到着。

 宿〜六番
・安楽寺
七番十楽寺
八番・熊谷寺九番法輪寺十番・切幡寺十一番・藤井寺
〜宿、 23kmを踏破した。

 誤算は、日曜定休の店多く、12時に最後に泊まる
うどん亭八幡で昼にありつけたこと。

 吉野川川島橋からの阿波の山並みが最高でした。

◆好天にめぐまれ六番寺から十一番寺を打つ

 
お遍路の 日影を拾ふ 残暑かな

 
同宿の 女遍路の 太き腰

 
荒波の 寄せくるごとし 秋の虫

   
   阿波の山並み  ↑

★第 4日: 2006年9月 4日(月)

 遍路転がし踏破(^^♪
 本日も晴天の中、最大の山場に挑んだが、後半の四回目の上下の方がキツイ。

 十一番を出て4時間半で十二番・焼山寺に着き、皆に誉められ日頃の鍛練の成果と気分よく、千円のお接待までいただきました。
 次の山越えに臨むと思いの外の急坂で、慢心をお大師さまに咎められました。

 午後2時半に
植村旅館 に着き、麦酒の旨さは格別でした。

 
へんろの同宿人について−1
 昨日は我々以外に3名。
三原市の69歳の男性、そして30代と思われるかなり太めの大阪と札幌の女性でした。
本日はオーストラリアからきたフランス人の画家?1名でした。

◆八十八ヶ寺中最難間の 遍路ころがし

 
山越への 遍路ころがし 秋桜

 
杖杉の 衛門三郎 蝉しぐれ 
※衛門三郎とは?説明のページを紹介します。

 
赤トンボ 群れて残照 鮎喰川


   

★第 5日: 2006年9月 5日(火)

 昨日と比べ、短い リハビリの行程。
6時半に出て午後1時には今夜の泊りの「
おんやど 松本屋」に着き、おいしい麦酒にて労をねぎらう。
 但し、初の雨にみまわれ、明日の天気が気になるところだ。
設備は最高で、冷酒300mlで500円は割安かも。

 毎日の洗濯は欠かすことができませんが、昨日も本日も宿でしてくれました。
ただ、乾燥機はあまり完備していませんね。

 山道につきものの長いお友達はよく遭遇します。昨日は4匹、本日は2本と山を越えてから少なくなりました。
 歩き遍路の数は、一番寺に記した名簿が七、八名平均でしたので3千名が妥当な線かもしれません。
 この送信の合間に洗濯物が届きました。
 本日もお大師さまにお礼を申し上げ、夜の宴をいただきます。

三番寺から十七番寺 初めて雨に合ふ。 フランス人と同宿

 
鮎喰( あくい)川 瀬音まくらに 遍路宿

 
青き目の 遍路の話す 有難ふ


 
秋暑し 刑務所行きの 市営バス
 (徳島刑務所)

    

★第 6日: 2006年9月 6日(水)

 ※秋篠宮妃 紀子さまが、悠仁(ひさひと)親王さまをご出産になられた、日本国民にとっては嬉しい日。

 ※今日、NHK教育TV「
趣味悠々」で、「四国八十八ヶ所第1回「事前の計画を立てよう」が放送されました。
 事前準備については、例えば、持ち物を一つ一つ微に入り細に入り グラム単位で紹介している 
吉田兄のHPが、参考になるのでは、と思います。

 ※NHK教育TV、「四国八十八ヶ所」13回シリーズで、放送予定は、
http://www.nhk.or.jp/syumiyuuyuu/ohenro.html
 …後日付記:リンク切れです。

 ※今日のNHKの放送といえば、大分放送局、平日の午後5時10分から放送の「
オアシスTVおおいた」という地域情報番組の中で、十八番・立江寺のある徳島県小松島市への旅情報や、熟〜老年男性合唱団の紹介がされていました。
  
また、チェンマイから大分へ来ている留学生を招いて、タイの文化や生活を紹介するなかで、タイの少数民族、象さんが絵を描いたり、川の中を観光客を乗せての象トレッキングや水掛けまつり(ソンクラーン)についての紹介の際、村谷からの携帯送付の原稿と写真をこのページにアップ代行している田幸の写真も数枚使われました。
 …NHK大分局から写真送付のご依頼があり、原版をお送りしました(*^_^*)


  こちらのタイ旅行のページ水掛まつりや、象トレッキングチェンマイ美人などの写真から数点放映されました。
   クリック⇒ http://tak-oh.sakura.ne.jp/05.04.10thai.htm


 
本日は初の雨、長くてしんどい一日。

 朝、元気よく7時前に出たまでは良いが、地蔵越え、勢いで眉山へ向かい、三角点間で行き1時間のロス(*^_^*)。

 昼飯を早めて先を急いだが、十八番・恩山寺から十九番・立江寺、立江寺を出たのが、午後3時近く。
 宿までの10kmはついに大雨に遭遇、午後5時に、
金子や へ辿り着いたらずぶぬれで、持参のドライヤーが靴の乾燥に役立つ。

お接待について
 毎日のように思いがけなく受ける。本日も3名の方から、有り難いお申し出がある。

 先ず、立江寺に向かい足を引きずりながら歩いていると、車が止まり、クリームパンとグレープジユースを、次は寺の本堂で老婦人から五円玉のお守りをいただく。

 また、豪雨の中で車に乗せてあげるという誠に有り難いお申し出は、あと3キロであり、丁寧にお礼を申して、辞退する。

◆曇のち豪雨、道違ひ40km近く歩く。

 
夕立の 遍路の笠を たたきけり

 
里山を 霧のつつんで 秋の暮

 
道違ひ 悔やむ遍路や の虫


   

★第 7日: 2006年9月 7日(木)

 遍路ころがし第2弾
 昨日は何とか辿り着き、洗濯も済ませたが、今朝になっても一部は半乾き。

 午前は雨が残る予報なので雨対策の上、7時に元気にスタート。
 2回の山越えは、高尾山と影信山をダブルで行なうのをイメージしていただければよい。

 二十番・鶴林寺は楽々とクリアーし、残る山越えは、今後のために車道歩きで、四時にゴールイン。
 二十一番・太龍寺はケーブル・カーもあるが、若き弘法大師が学んだ西の高野山として知られ雰囲気のあるお寺でした。

 楽しみが“食べること”ですが、振り返るとお手軽に済ましているようです。
1日は、高松駅のくろぶた弁当を、2日は、早すぎて街道沿いのうどん屋でかきあげ、3日目は最後に泊まる予定の店でオムライスうどん、次は宿のおにぎり、4日は時間がなくてお好み焼き屋でそばめし、そして、昨日、本日とも、おにぎりを2個でした。

予定より早く午後二時半に、本日の宿「山茶花」に到着した。すっかり晴れ上がったお天気に感謝して、恒例の到着ビール・入浴・選択を済ませ、ゆっくりと夕食を摂った。


 本日、13日までの宿を予約しました。
なんとか高知までは行けそうです。

 村上兄の俳句は、推敲中とのことで公開のお許しが出ておりません。
  ⇒このホームページの管理人が出張し、17日に三十七番・岩本寺で村上兄の俳句を直接受領し、UPしました。


二十番寺から二十二番寺 23km 曇時々雨。

 
遍路 クラブを杖に 持ち変えて

 
杖突ひて
 蛇を払ひて 関所寺

 
空海の 残せし道を 秋遍路


   

★第 8日: 2006年9月 8日(金)

 今日も7時にスタートし、車道が多い23キロを5時間で踏破、12時に二十三番・薬王寺に着く。

 “
発心の道場 阿波遍路の打ち終わりを祝い、おろしうどんを肴に祝杯をあげた。
明日からは土佐の
修行の道場”が待つ。
滝澤、田幸、清水の諸兄との久しぶりの再会が待ち遠しい。

 ●
へんろの同宿人について−2。
 昨夜も一番以来、みかける3人と夕食をともにしましたが、まだお互いの名前は知りません。
 69歳の三原?氏は、バスやタクシーを駆使してマイペースです。
33歳の太めの札幌娘は痩せるためだと言い、朝飯をぬいていますが、効果は小生同様で?次回の課題。
 推定22歳の女子大学生は、私なみに8kgを背負い、かわいい顔立ちながら、足を豆だらけにして健闘しています。
 お金と体力が続けば、全員、満願の予定ですが…。

二十三番寺 曇のち晴れ。 阿波の国打ち収め。

 
石仏の 顔すりへりて 秋の雨


 
秋遍路 空(から)の心に 杖の音


 
新涼や あたりを圧す ご神木


※今日の宿薬王寺会館

 
※二十三番・薬王寺の記事があるページを紹介します。

   

★第 9日: 2006年9月 9日(土)

 断続的に強い雨が降る国道55線南下、ひたすら室戸岬へ下る第一日目は、海亀の産卵とゴルフの尾崎で知られる日和佐から徳島最南端の海部までの単調な歩きだ。
7時スタート、12時に鯖大師で昼飯、14時半到着は吉田兄の計画通り。

 牟岐トンネルを過ぎた警察前のテントに呼び込まれ、お接待の麦茶をいただきながら聴くと、今年の出足は遅いとのこと。

 国道に猿が一匹飛び出してきて海岸に駈けおりて行く。
初めて逢う太平洋の名前は、内妻海岸という。
某寺のお坊さんがお金を持て余して妻の外に3人の女がいると、
寿司屋に聞いたことを思い出した。

 ローソンで同宿の三原氏と札幌娘を追越し、海部の散歩を楽しんだ。
明日もひたすら国道歩きだ。

 
●靴について
 ミズノのフリーウォークは、快調で、慣らし履きから1ヶ月半使用しても崩れはない。
昨日から、念のため、靴底補修剤(シューズドクター)を使用しているので最後まで持ちそうだ。

 足の方は、相変わらず裏が痛いが、だんだん慣れてきた。
膝から上を使う機会が少ないため、風呂に入ると疲れがとれてしまい、ビールの1本だけではなかなか寝付かれないのが悩みだ。

◆雨時々曇り。 1日中めまぐるしく天気が変わる。

 
ぬれネズミ 歩き遍路の 黙々と


 
洗濯を すませ遍路の 日を終へる


 
スナックの おやじはおかま くずの花


   

★第10日: 2006年9月10日(日)

 6時半に宿を出た時の雨は一時間ほどで上がり、あとはパラパラの、ついていた一日。

 昼は、宿差し入れのおにぎりと車で阿波を打ち上げた男性からの握りずし。
宍喰のホテル前で朝市や焼き魚が開かれていて日曜と気が付く。

太平洋を背景に撮影。佐喜浜海岸の岸壁でひばりが我らを無視して気持ち良く鳴いていた。

 海岸はサーファーだらけ。見つめられて恥ずかしい。
今夜の
宿、徳増からの太平洋はフルサイズ。

◆雨のち曇、雨の中ひたすら室戸岬をめざして歩く。


 
海なりの 聞こへる町や 赤トンボ

 
トンビ鳴く 入り江の奥の 漁師町

 
気に入りの 耳かき持参 秋遍路

 
※二十三番から二十四番へ向かう歩き遍路で、要所の写真豊富なページを紹介します。

   

★第11日: 2006年9月11日(月)

 ご馳走攻めの「
徳増」を7時に出て二十四番・最御ア寺、二十五番・津照寺、二十六番・金剛頂寺、の3寺を参拝し、下山に手間取り午後5時前にようやく 宿 に着く。
※今日の宿はホワード
 洗濯を未亡人のおかみに任せて、近くの店で岬越えと土佐打ちを祈願して乾杯し、焼き飯では早々に〆た。

 昨日に続き朝は雨、その後晴れは ついていると考えたい。
同宿の同志3名は脱落、転進したが我らはまだ頑張る。
それにしても太平洋は輝き、雨が毎日確実に訪れる!

 今夜も無事に床に就くことができます。明日のご飯も夕飯の店のご接待ということでおにぎり3個をいただきました。

 秋の長雨、宿の予約は、14日(木)の高知市内の旅館「
海老庄」までとしました。

◆いよいよ土佐の国へ入る。今日も雨、30km。

 
天高し 屏風のごとく 夫婦岩

 
秋の暮れ 歩き遍路の 影長し

 
一夜あけ 今朝はもう秋 旅の宿


   

★第12日: 2006年9月12日(火)

 あと2日で高知。
本日は安芸球場の隣町の
安田に泊まる。
土佐鶴の本社工場や鮪・鰹の基地があり、家の造りが立派で思わず、デジカメで撮影する。

二十七番
・神峯寺は標高450メートルにあるが、荷物を宿に預けらるため、軽く往復できた。
あすも国道55線歩きが続くので小雨模様を祈る。

今日もまた雨、28km ひたすら高知をめざす。

 
赤トンボ 棚田はたわわ 神峯寺

 
饒舌も 次第に無口 秋遍路


 
土佐鶴を 育む山川 赤トンボ
 
(清酒土佐鶴の本社)
   
二十七番の神峯寺 

★第13日: 2006年9月13日(水)


 6時半スタート3時到着。
朝方と2時過ぎから降られたが、上の部類。
30キロの大半が堤防沿いの自転車道で歩きやすい。
琴が浜の松林が本日の一番。

 室戸岬が遥かに望める、高知市まであと19km、明日は高知だ。
初めてマメができた。村上兄の足にも小さな豆が…
今日の写真はありません。

宿旅館 かとり

1日中雨(夕方は大雨) 31km ひたすら高知へ。寺なし。


 
杖洗う おけを備へて 遍路宿

 
海鳴りの聞こへる寺や曼珠沙華

 
新凉や 集団登校の 児の笑顔

…豆が育ちませんように… ⇒17日確認しましたが、足指股のスレはあるが、マメは消滅。

※今日、NHK教育TV「
趣味悠々」で、「四国八十八ヶ所第2回「到着・現地での準備」が放送されました。

 写真が豊富な「四国遍路の写真集」さんのページ

★第14日: 2006年9月14日(木)

 久しぶりの晴れ間、雨具のズボンなしは久しぶりだが、最高に長いコースだ。
6時半前にはスタートしたのに、二十八番・大日寺、二十九番・国分寺、三十番・善楽寺、三十一番・竹林寺を経て、5番目の三十二番・禅師峰寺で納経したのは午後4時半。

 高知の周りの5寺はいずれも長曽我部氏の支配下にいたためか、古来の形を維持し、荘重だ。
特に国分寺はおすすめです。明日も長いので好天を祈る。

 17日は岩本寺の宿坊に、夕食なし・朝食付き、を予約しておきました。遍路の間はビール2本以内に制限しておりますので、ダイエットが楽しみです。

宿海老庄旅館

二十八番から三十二 ひさびさの晴。秋晴。


 
土佐平野 すみからすみまで 秋の空

 
赤トンボ 龍馬の町を 市電行く

 
部屋中に 洗濯つるす 遍路宿

     


★第15日: 2006年9月15日(金)

 本日も晴れの旅、昨日に続き、3寺参拝
桂浜に近い三十三番・雪蹊寺、三十四番・種間寺を経て、三十五番・清滝寺へ。
7時スタート、16時半に
宿 と予定通り。

 
三十六番・青龍寺そばの「
三陽」はリゾートホテルなみの設備で菅直人も泊まった。 当然、朝青龍の色紙はある。

 コース唯一の渡し船があるがただ。そろそろ団体さんが目立つ。
部屋は全面がオーシャンビューの豪華版、自販機が目の毒。
祈る明日の曇り空。

 遍路ブームはいささか疑問です。廃業したり、泊めるだけの民宿が多いのに驚きました。
 村上兄と同じ意見ですが、歩き遍路は今やマニアか近畿あたりの奇特な人物か、定年で時間を持て余した人の道楽なのですか?

 世界遺産への働き掛けもありますが、秩父34ヶ所よりも乏しい目印のところが少なくなく、車だけの来訪に依存すればよしというのでは淋しい限りです。
宿三陽

三十三番から三十五 今日も秋晴。

 
新涼や 渡船で通ふ 高校生

 
こま犬の 目鼻くずれて 曼珠沙華

 
相客は 漁師四人 遍路宿

   

 ※沖縄の東にいる台風13号が、宮古島〜石垣島あたりで向きを変えて、北上してきそう(/_;)
  17日に応援隊は東京から、三十七番・岩本寺に行けるのか??

★第16日: 2006年9月16日(土)

 朝一番に ホテル に荷物を預けて、三十六番・青龍寺を往復。
例の階段の下で記念撮影。朝青龍は日に何往復したのやら。
後は宇佐大橋を戻り、真珠の筏がちらほらする浦ノ内湾に沿い須崎の中心を目指す。

 宿の都合で、夕食を「
道の駅・かわうその里すさき」で求めた。
鯛飯にビールと地酒に濡れ煎餅とささやかだ。

 小雨の30km、一時強い雨にあうが、折よく遍路休みどころがあり、お大師さまに本日も感謝。

宿民宿 ひかり

十六 一日中雨


 
朝もやに 舳先並べて アサリ舟

 
秋深し 芭蕉の句碑の 苔むして


 
台風の 予報気になる 秋遍路


     

★第17日: 2006年9月17日(日)  四万十川 ↑

 新米の朝飯の助けで雨の峠越えをスムーズにこなして2時半に三十七番・岩本寺に着く
 なお、台風13号の豪雨、峠から遥か岬を遠望しましたが、3人から見ええたでしょうか?

 
宿坊で泊りの手配を済ませて、門前で滝澤、田幸、清水の諸兄をお迎えした。
3人は只今、入浴中、四万十川は目の前。
今夜が楽しみ。

 JR土讃線、くろしお鉄道 窪川駅近く 「うなきち にて、うなぎ、鮎で一献。
食事後のお散歩で、四万十川中流域の増水状況視察(*^_^*)
応援隊のページへ


1日中雨(台風13号が北九州地方に上陸)、十七番寺。 東京より「さんぽの会」の友が激励に来る。

 
秋深し 峠ですする 肉うどん

 
軒かりて 一息 雨の 秋遍路


 
秋深し 友の来たりて うなぎ喰い


     

★第18日: 2006年9月18日(祝)

 昨夜は滝澤、田幸、清水の諸兄の熱い激励をいただき、3人とは岩本寺の門前で別れ、台風一過、勇躍出掛けたため、2時半に 民宿 日の出 に着いた。

 洗濯と風呂も手慣れてきて、近くのレストランで太平洋を眺めながら早い夕飯を済ます。
 明日の朝飯がないので、早い出発になる。

 ところで稀有の存在である歩き遍路に対するお接待は相変わらず多い。
 昨夜も清水兄の見事な説明の効果で、岩本寺から5本ものビールをいただく。
 鰻の「
うなきち」でも破格のもてなしを受け、本日の昼の店ではコーヒーをいただいた。
 あと二日で足摺だ、一路足摺岬へ。

 応援隊は土佐くろしお鉄道・中村駅経由、台風一過・晴天の足摺岬、三十八番・金剛福寺へ。
 中村へ戻って、怪魚・
あかめ(の幼魚)観賞、清流ならぬ“濁流”四万十川の舟母(せんば)船に乗船、佐田の沈下橋近くまで周遊し、夕食は、青海苔、ゴリ、川海老にカツオなど四万十の幸づくし(*^_^*)
応援隊のページへ。

     

★第19日: 2006年9月19日(火)


 滝澤、田幸、清水の3聖人??の念力により雲一つない秋空の中、歩が進み昨日に続き2時半に、2連泊する、「民宿 久百百(くもも)」に到着。

 洗濯しながらのビールは定番だ。道々には彼岸花が満開で高麗を思い出す。朝の30分はスピードが上がらないが、松林のお陰で好調。

 砂地の畑では、らつきようの植え付けが、家族総動員で行なわれ、空には鳶が舞う風景は、四国ならではか。

 明日は足摺

      

★第20日: 2006年9月20日(水)

 荷物を宿に置いての40km往復。
6時スタート、10時半に足摺岬へ着き、三十八番・金剛福寺に参拝。納経所でお茶の接待をいただいたのも歩き遍路ならではの感。

 連休明けか、人出は少ない。ざるうどんを頼み、宿からいただいたおにぎり2個をたいらげる。

 岬で記念撮影の後、長い帰途に着く。白一色の彼岸花を見つけて幸先よしと考えた。

 土佐清水市街で足のケア品を買い増して明日に備えた。
 午後4時すぎに民宿 久百百に戻り、いつもの通りビールでお互いの労をねぎらう。

明日で土佐を打ち上げる。

 ※今日、NHK教育TV「趣味悠々」で、「四国八十八ヶ所第3回参拝の作法を学ぼうが放送されました。

       

       

★第21日: 2006年9月21日(木)

 
残念!!村谷は二国区切り打ちで一時帰京へ、
  村上兄は愛媛、伊予
菩提の道場
すすむ。

 本日も36キロの緩やかな山道をこえて早めのコールイン。
土佐の最終三十九番・延光寺で二国打ちを終えた。
今日も、長くてタフなコースだった。

宿
民宿 嶋屋


 村上兄は引き続き伊予の国
菩提の道場”に入るが、村谷は後半戦は来春以降に再度挑む予定。
 明日からは山越えなれど、右足の骨が疲労で痛むため、切りのよい三十九番・延光寺で区切る旨、村上兄の承認をいただきました。
 来月始めから家の追加工事もありますので。続きは来春行なうつもりです。

 ※村谷は、翌年7月9日〜21日伊予、11月16日〜28日讃岐で打ちあげました。

     

★第22日: 2006年9月22日(金)

 6時半に四十番・観自在寺へ向かう村上兄をお見送り。
村谷は7時半のバスでまず中村へ。土産を買い、四万十川 
 を見て高知市へ。
 
 夜は山岡兄ご推薦の
を予約済み。
 通過した高知市や徳島市、ついでに北陸地方などをまわり来週半ばに東京へ戻ります。

 中村で四万十川の海苔を確保し、高知駅に降り立った村谷は、大河ドラマの舞台として注目の高知城を30年ぶりに見学。

 次いで駆け付けてくれた会社同期の藤井君の案内で、通過した桂浜を再訪した。
夜は皿鉢で大いに盛り上がる。明日は徳島に泊まる予定。

     

★第23日: 2006年9月23日(祝)

 久しぶりに遅いスタート。「
オリエントホテル高知」からのんびり駅まで歩き、10時発の徳島行き高速バスに乗る。
 
 トンネルばかりで缶ビールで寝ていく。
徳島のホテルに荷物を預けて徒歩5分の阿波踊り会館で実演を見学。飛び入り参加が多く、サスガ。そのまま5階からケーブルカーで簡単に眉山に着き、リベンジを果たす。

 下山して、市の中心部を船で一回りするひようたん船に間に合い、涼風を100円で楽しむことができた。
 何もかも秋分の日ならでは。

 涼しい舟遊びから戻り、夜飯の散策をしたが、焼き鳥屋が多いのはさすが。
5時半に駅近くの居酒屋に入り枝豆、つくね、合鴨串焼き、焼き鳥串三本を生ビールとしようちゆうで平らげて1,700円とは割安だ。
次々にドライバーや肉体労働の人が訪れたので、早々に引き揚げた次第。

 明日は午前のうちに高松に入る予定。

   

★第24日: 2006年9月24日(日)

 高徳線で昼前に高松入り。
駅前のシンボルタワーで早々と昼飯を済ませ、先ず城跡の玉藻公園へ。
日曜でボランテイアの男性が案内しており、1時間も、12トンの自然石の手水鉢や天皇が泊まり、ロケ地にもなる披雲閣を見学。

 次いで電車で屋島へ。2キロの参道は一汗かいた。
家族づれで込みあうが頂きからの眺めは抜群。
今夜の宿は地方公務員共済経営の「
讃岐会館」大浴場を独り占め。

明日は福井に入る。

   

★第25日: 2006年9月25日(月)

 早く目が覚めたので、栗林公園を散歩してきました。
山をうまく取り入れた設計に感心。70年物の蘇鉄や滝を見ました。
駅にとって返し、9時発の大阪行き高速バスに飛び乗り、このメールを作成しました。

   

 高知からの高速バスで淡路島を一またぎ。
大阪は昼飯のみで、午後のサンダーバードで三年ぶりに福井へ。
全面的に改装された駅ターミナルに新幹線待ちの期待がひしひし。
大浴場つきの
アパホテルに荷物を置き、成田兄と度々楽しんだ寿司屋を覗いたが、予約なしでは諦めて、今夜は宿の大浴場の隣の居酒屋で済ます。
明日は午前のうちに富山入り。

   

★第26日: 2006年9月26日(火)

 三年ぶりの福井駅は北陸新幹線期待で近代的なビルに様変わり。
 9時に福井を立ち10時半に富山入りし、
駅前のホテルに荷物を預けて山に向かう。

 11時15分発の宇奈月温泉行き急行に乗り込む。
白えび天丼、ビール、それに暖め用の地酒・若鶴を持参。
目指すは欅平。

 初体験の宇奈月温泉を経由して、13時すぎのトロツコ電車に乗り込む。
団体客中心のため年寄りが大半だが、ヤングも混じる。
 気温18度の欅平はやや色づいているかどうかというところ。
夏姿の村谷は、暖を取るため、黒部川が一番狭いという猿飛までの往復2キロを25分で駆け戻る。
 直ぐに雨となり、急いだ甲斐がある。
戻りの電車はすべて窓なしの普通車のため、残しておいた地酒を防寒に供した。

 明日は、天候が良ければ、立山黒部アルペンルートにて、室堂の紅葉を愛でて長野へ抜ける予定。雨天のときは…

 なお、ホテルで聞いたが、二村兄父子の
越中屋が別の店に衣替えした経緯は不明。
 夜にも、その後に開店したラーメン屋に行く予定。

   

★第27日: 2006年9月27日(水)

 昨夜からの雨が続く。黒部立山ルートは明日とし、今日は能登へ向かう。

 駅で待機していた のと鉄道に乗り換え。
幼稚園児とデジカメを必携の10人ほどの軍団とは一駅で別れて、開泉1200年の幟はためく和倉温泉に着く。

 まだ10時半。雨が上がり、600円でレンタサイクルを借り、先ずは加賀屋のすぐ前の湯元の広場へ。
沸いていた湯はかなり熱い。プールがあるシーサイドパークを通過して一番高い和みの丘から見下ろすと海沿いに大きな施設が乱立していて、経営が気になるのは、修業が足りない。
 大伴の家持などの歌碑を見学し、能登島へ向かう。
周りが70キロあり、坂の勾配がきついので、大橋の直ぐ先で引き返した。雨足が強まり、自転車を帰してバスで七尾に向かう。
能登食祭市場で下車し、買い物を済ませて駅に着くと、囲碁仲間の金子氏より電話があり、足の具合について尋ねられた。
西から天気が回復してきて、明日の黒部立山ルートは楽しみだ。

 ※今日、NHK教育TV「趣味悠々」で、「四国八十八ヶ所第4回が放送されました。


★第28日: 2006年9月28日(木)

 
富山連泊が功を奏して、秋晴れの立山と北アルブスを堪能できた。

 6時半に富山駅で降る小雨は、立山駅美女平弥陀ガ原室堂と高度が上がるにつれて回復し、歩きだす頃には青空がこぼれてきた。

 頂きのある雄山3,003mまでの550mは高尾山なみだが、最後の岩場300mは、鳥海山以来なのでタイツや貼り薬で武装して11時には雄山神社でお祓いを受けられた。

 下山はお大師さまのお力をお借りして、
タテヤマリンドウの写真を撮影できた。
上は8度だか快晴で気持ち良い。

 次々に登るハイカーに混じり、雲ひとつかからぬ槍・穂高など360度の展望を味わう。

 トンネルをぬけた大観峰では後立山連峰の全容を確認し、近々の挑戦を誓う。
紅葉の始まりとともに、大勢の来訪者で溢れていて秋の観光シーズンの本格化と景気回復を強く感じた。

  ※立山黒部アルペンルート オフィシャルガイドのページへ

 今夜は長野に滞在の予定。
今回の戻りの旅はバスに縁があるようです。地方では電車がマイナーな交通機関だからと思いました。

 反面、これまで通過したことがない所を体験できました。
淡路大橋や扇沢から大町経由長野などです。

 今回の旅は満願ならば当然高野山になり、ついでに熊野古道に廻る予定でしたが、二国の未訪問がありますので、善光寺に中間報告することといたしました。

※四国から大スライスで、長野・善光寺、 
宗派の関係なくお参りできる霊場、天台宗の大勧進と浄土宗の大本願があるが、さて、空海=真言宗の関わりは?
 四国霊場にも天台宗や臨済宗、曹洞宗、時宗のお寺もある…(*^_^*)


     

★第29日: 2006年9月29日(金)
 朝6時からの善光寺のお朝事に参詣。白装束に身を固めた全国からの信者に混じり、家内安全を祈祷していただく。
アグラや咳をする僧もいて、本堂の寒さを忘れてしまう。

 8時発の高速バスで、一路新宿へ。一月ぶりの東京だ。

※村谷は9月29日帰京し、今回の旅を終えました。

 ※
村上兄は、四国遍路を続けて、本日 松山に到着しましたが、旅日記や俳句の入報はありませんので、日々の速報は、本日をもって、終了いたします。

   

★第34日: 2006年10月4日(水)

 10月4日午後3時、村谷の携帯に村上兄からご連絡があり、本日、予定通り香川県の宿に着いたとのことです。
伊予“菩提の道場の最終、六十五番・三角寺まで打ち終わり、いよいよ讃岐の涅槃の道場”へ。
 足の豆はあるが気力でカバーしているそうで、満願は確実でしょう。

 ※今日、NHK教育TV「趣味悠々」で、「四国八十八ヶ所第5回宿坊に泊まるが放送されました。
 なお、再放送は、次週の水曜日の午後0時30分〜0時55分です
 次回10月11日は第6回
人々とのふれあいを求めてお接待の世界-が放送されます。


 ※村上兄からは 「予定通り、11月10日に結願、11日に高野山にお礼参りし、無事帰宅いたしました。長くて結構厳しい旅でした。 つくばの素浪人」 とのメールがありました。ご苦労様でした。

 …村上さんは、無事結願しました。

 ※村谷は、翌年7月9日〜21日伊予、11月16日〜28日讃岐で打ちあげました。

                     このページのトップへ戻る

 ※村上さんの「秋遍路」のページの文章部分を以下に記載します。

 「秋遍路(俳句でつづる歩き遍路の旅日記)」     2006.10

 はじめに

 記憶は定かではないが、昨年の5月頃だったと思う。総合企画の先輩である、吉田氏・手嶋氏と酒を飲んでいた際の話である。吉田氏から、2度目の四国歩き遍路に出かける。山歩の会の村谷氏と2人で出かける。時期は村谷氏が定年になった後で、2006年の9月との話があった。
私も遍路には多少興味があり、酒の勢いもあって、思わず「私も連れて行って下さい」と言ってしまった。

 出かけるのは1年半も先の話であり、一度行ったことのある吉田氏に付いて行けばいいのだから、と気楽に考えていたが、実行の日が近づくにつれて不安が増して来た。5Kg以上の荷物を担いで、40日間も、毎日30Km以上も本当に歩けるのだろうかと。

 6月に入り、吉田氏から家庭の事情で行けなくなったとの連絡があり、村谷氏と相談の結果、 予定通り2人で出発することに決めた。

 8月に入り、覚悟も決まり、本番と同じ荷物を背負い、晴れの日も雨の日も、毎朝12Kmの歩行訓練を行うとともに、筑波山にも3回登り本番に備えた。
 持参する装備品も吉田氏のアドバイスを得て、グラム単位で重量を測り、何とか5Kg程度に抑えることが出来た。また、歩き遍路体験者の手記を読んだり、吉田氏の作成した行程表に基づき、1日ごとの歩行ルートを地図で確認した。

 8月は暑く、訓練疲れで、出発の頃はばて気味だっ たが、歩けなくなったら帰ってきて、再度チャレンジすればいいと考え気分は楽になった。

 今回の遍路の旅の目的を自分なりに次のように位置付けて出発した。

 1.64歳になった自分に、1200Kmを一気に歩き切る体力と気力が残っているか 見極める。
 2.両親並びに先に逝つた恩師・先輩・同僚・仲間の菩提を弔う。
 3.毎日俳句を作る。

 40泊41日の旅から帰り出来るだけ早く手記を書こうと思っていたが、一仕事やり終えた虚脱感からか気力が充実せず、手付かずになっていたが、旅の間毎日書き留めていた日記を読み返す内に、日記には妙に臨場感があり、何も改めて手記を書く必要はないなと 思うようになった。この手記は毎日書き留めておいた日記に一部手を加えたものである。


 9月 1日(金)曇り

 5時30分家を出る。全て予定通りで、2時に1番寺の霊山寺に到着。笠、白衣、杖、納経帳、納札を買う。2日から巡拝を行う予定であったが、納経帳に墨所朱印があったので参拝を済ます。参拝は自分流でまずまず。自分流では蝋燭、線香は使わないこと にしているので、88寺分まとめて1番寺で300円の蝋燭を点した。

 今日の宿の観梅苑は思ったより設備よし。洗濯機150円、乾燥機100円。風呂には石鹸シャンプ有り。夕食は焼き魚、刺身、酢物、煮物、蒸し物、浅蜊の味噌汁有りでビー ルを1本付ける。宿代は2食付きで6500円(飲み物代は別)。

 自分流参拝
  ・門前で一礼して境内に入る。
  ・水場で手を清める。(口はすすがなかった。)
  ・本堂参拝。 納札を所定の箱に入れる。 賽銭を入れる。 備え付けの鐘を二つ打つ。 合掌して「いつもお守りいただき有難うございます。」と言って一礼。 般若心経を読経。 南無大師遍照金剛を三返唱える。 「父母を始め先に逝きし仲間をいつもお守りいただき有難うございます」と言って 一礼。
  ・大師堂参拝(本堂参拝と同じ)。
  ・納経所で納経帳に墨書朱印してもらう(300円)。
  ・門を出て一礼し寺を後にする。

今日の俳句

  ・駅弁は祭鮨なり瀬戸の海
    岡山で祭鮨の駅弁を買い、瀬戸の大橋を渡るマリンライナーの中で食べた。 ・秋遍路讃岐の山のたおやかに お椀を伏せたような讃岐の山を見ると故郷に帰ったような安らぎを感じる。

  ・秋遍路杖・笠求む霊山寺
    買い求めた白衣を着、笠をかぶって杖を握ると心が引き締まった。

  ・燈明の仄かに揺れて秋の風

  ・新涼や清めの水の澄みわたり

  ・秋の蝶とめどもなしにさまよへり

    寺の境内をいかにも力無さそうに蝶が過ぎっていった。

  ・潮騒のごとく虫の音遍路宿
    夜床につくとオーケストラのように虫の音が押し寄せてきた。

  ・父母の菩提弔ひ秋遍路

  ・逝きし友弔ふ旅や秋遍路

    夜床について両親をはじめ亡くなった仲間の顔を一人一人思い浮かべる。 不思議とみんなニコニコした顔なのだ。

  ・虫の音や遍路の旅の第一歩
    翌朝7:00出発。庭ではまだ虫が鳴いている。


 9月 2日(土)晴れ

 今日は2番極楽寺から5番地蔵寺まで巡拝。歩行距離17Km。初日なので足慣らし。

 寺での参拝を順調にこなし、今日の宿寿食堂には1時前に着く。右膝と左親指に違和感有り、要注意。
あまり早く着いて悪いのでビール1本飲んで時間調整。寿食堂は民主党の菅 さんの泊まった宿で、写真・色紙が飾ってあった。
 初接待…今朝観梅苑を出るときおばあさんが接待と言っておむすび2個戴く。有り難い。5番寺の地蔵寺を出て宿に向う途中、後ろから来た車が急に止まり、若いお母さんと小さな女の子が降りてきて、お菓子とお守りの接待を受けた。二人に祝福がありますように。

 同宿は大阪から来たと言う、年の頃30歳位の女性。夕食時浴衣で出てきてビールを グイグイ。歩き遍路と言うが、妙に色っぽい。

今日の俳句

  ・段々の苅田を縫って遍路道
    遍路道は田んぼの畦道や墓地、農家の庭先を縫うように連なっていた。

  ・大わらじ掲げる寺や秋遍路
    札所寺には何処にも大わらじが掲げてある。旅の安全を祈願して。

  ・ぼろ纏ひ思案顔なる案山子かな

  ・照り返し厳しき残暑遍路坂

    ほとんどの寺は山の上にあるので荷を背負っての歩き遍路には坂がこたえる。

  ・接待の女人の笑みや酔芙蓉
    お菓子の接待を頂いた若いお母さんはなかなかの美人だった。あちこちの寺で芙蓉 の花を見かけた。

  ・神宿る杉の大木秋遍路
    極楽寺の長命杉。四国には楠木の大木が多い。

  ・遍路笠風にあおられ秋桜
    遍路笠は日差しには強い味方だが風に弱い。あおられると手で抑えて歩く。

  ・神・仏飾りたてたる遍路宿
    遍路宿にはやたらと神仏の額・掛け軸、仏像、写真を飾ったところが多い。 また、錦とか金色の納札を大事に飾っている。

   ・浴衣着の女人遍路の太き腰


 9月 3日(日)晴れ

 今日の巡拝は6番安楽寺から11番切幡寺までの6カ寺。歩行距離23Km。

 朝、宿の女将から五円玉、マッチ、塩の接待。今日の最高気温は32度。たっぷり汗をかいたので、途中で2回塩をなめた。大変な暑さだったが、思ったより足の調子がよく、2 時20分には宿に着く。10番切幡寺の333段の階段には少しばてた。
 10番から11番の藤井寺への道は道路標識が完璧。9キロの道を一度も地図を見ないで、標識だけで到着。

 宿のふじや本家旅館の同宿は村上・村谷の他3名。三原の人(男69歳)、北海道の女性(32歳)、大阪の女性(30歳)。全員歩き遍路で通しの予定。
夜中 にトイレに行くと窓にヤモリがへばり付いていた。

今日の俳句

  ・足冷やす遍路の笠に赤とんぼ
    大体10Km歩く毎に大休止を取って、靴・靴下を脱いで足を冷やした。

  ・荷を解ひてトンカツ喰らふ秋遍路
    昼はトンカツ定食1030円。食べないと歩けない。

  ・一心に祈る女人の秋遍路
    深い事情を抱えているのか、長々と必死に祈り続けている女性を時々見かけた。

  ・さりげなく芙蓉の咲いて札所寺
    祈りの寺にふさわしく、さりげなく咲いているのがよい。

  ・お遍路の日陰を拾う残暑かな
    朝・夕は涼しくとも日中は暑い。日陰を拾って歩く。

  ・天高く魚影きらめく吉野川
    水がきれいで潜水橋の上から魚の群れがよく見えた。

   ・秋風に線香くゆる札所寺
    山上の木々に囲まれた札所寺では時折涼やかな風が吹き抜け、秋の到来を感じさせる。

  ・札所寺大師の杖に赤とんぼ
    札所寺には何処にも、遍路姿の大きな弘法大師の立像がある。

  ・秋の虫競ひて山の遍路宿

  ・荒波の寄するがごとく秋の虫

    夜半に目が覚めると秋の虫が競うように鳴いている。

  ・暮の秋6時を告げる寺の鐘
    夕暮れ時、こもった寺の鐘を遍路宿で聞く。


 9月 4日(月)晴れ

 今日は88カ寺中最難関の一つ、遍路ころがしを通って、12番焼山寺を巡拝。山を四つ越えて、歩行距離は24Km。

 朝4時に起きて、ストレッチ、足の手入れ(指圧・マッ サージ・テーピング・バンテリン・サロンパス)を十分に行う。
 6時朝食、昼食用のおむすびを持って6時20分スタート。三原の人、北海道の人は先に出たが、すぐに追い越す。脚力が違うので今日の宿は別々になる予定。最初の山は思ったより楽だった。2番目の山の登り下りはかなりキツイ。3番目の登りは玉砕覚悟だったが、以外にすんなり寺に到着した。通常5〜6時間の行程とのことだったが、我々のチームは4時間半で到着。寺の人が感心することしきり。

 焼山寺(標高700m)のご神木は 立派(樹齢500年2本)。
 途中の浄蓮庵の杉は回り16mの巨木。今日も残暑が厳しく、蝉のかしましいこと。焼山寺で山越えは終わりと思っていたら、宿までにもう一山あり、これは疲れた。それでも 2時には宿に着き、まずビールを1本。
 今日は相当の強行軍だったが、なんとか足も持ってほっとする。

 同宿はフランス人遍路とリタイアーした料理人。フランス人は芸術家とのことで、日本の精神美を求めて遍路に チャレンジ。料理人は包丁の供養とのことで包丁4本背負っての遍路。

今日の俳句

  ・空海の残せし道を秋遍路
    山の遍路道は草を掻き分け、倒木をくぐり、蜘蛛の巣を払いながら進む。

  ・神木の天つく杉や秋の空
    焼山寺の杉。真っ直ぐ天に向って伸びている。

  ・一日の遍路を終えて飲むビール
    くたくたになって宿にたどり着きとりあえず飲むビールの美味さよ。

  ・青い目の話す日本語秋遍路
    片言の日本語と片言の英語、身振り手振りで何と意思が通じ合う。

  ・午前4時足の手入れや秋遍路
    3時洗濯、4時風呂、5時日記、6時夕食、7時就寝、朝4時起床。

  ・峠越へ杖に縋りて秋遍路
    一山越え、二山越え、三山越える頃はへとへとで杖に縋りながら足を運ぶ。

  ・お遍路の踏みしむ道や水引草
    四国の山の中で見る水引草は色がとても鮮やかである。

  ・やぶ蘭の遍路の道を彩れり
    遍路の重い足と心をやぶ蘭の可憐な花が慰める。

  ・杖杉の衛門三郎蝉時雨
    杖杉庵に大師と衛門三郎の銅像あり。そばに杖から育った大杉。

  ・赤とんぼ群れて残照鮎喰川

  ・暮の秋山紫水名鮎喰川

  ・新涼や瀬音やさしき鮎喰川

   谷の底にある宿、側を流れる鮎喰川のなんと清らかなことか。川岸に下りて小石を 拾う。


 9月 5日(火)曇りのち雨

 今日の巡拝は13番の大日寺から17番の井戸寺までの5カ寺。歩行距離19Km。 宿から13番の大日寺まで10Km。

 鮎喰川に沿って素晴らしい景色の中を徳島市内まで 下る。途中川鵜が水の中を潜って鮎を捕る瞬間を見る。川鵜の水中での動きの速いこと。 ペンギンのごとし。
 老人マークを付けた車が追い越して止まり、タオルの接待。昔自分も歩き遍路をしたことがあるとのこと。

 2日目に食堂で会った遍路に又会う。70歳くらい。足が強そうなの で聞くと、遍路中毒で毎年遍路に来るとのこと。
 今日はじめて雨に遭う。時間は短かったが一時本降り。傘、雨カッパ、雨ズボンを全部 使う。意外に使い勝手がよく、これなら雨の日も何とかいけそう。

 宿のおんやど松本屋は17番井戸寺の隣。旧い日本の田舎家。トイレ、風呂等はリニューアルしてあって今風、ウォシュレット付き。宿の大女将が洗濯をやってくれた。部屋は風通しが良く、昔、田舎の祖母の家に行った時のような気分。料理も良し。
同宿は母・息子の車遍路。

今日の俳句

  ・足指をテープで固め秋遍路
    毎日、マメの出来そうな場所にあらかじめテーピングテープを貼って予防。

  ・足褒めてさすって夜の秋遍路
    毎日、今日もよく歩いたなと褒めてやりながら足のマッサージをする。

  ・2毛作苅田の脇の青田かな
    2毛作なのか、稲の種類が違うのか、稲刈りが終わった田の隣に青い穂の田んぼを よく見かけた。

  ・鮎喰川瀬音枕に遍路宿
    昨日の続き。枕辺に瀬音が届く。

  ・落ち鮎を捕らへ川鵜の飛び立てり
    川鵜が潜って鮎を捕らえる様子がよく見えた。

  ・秋暑し刑務所行きの市営バス
    そばを市営バスが通った。ふと見ると刑務所行となっており、乗客はゼロ。

  ・杖突ひて蛇を払ひて遍路道
    昨日は3匹、今日 1 匹ヘビに出くわす。

  ・鉦叩きせわしげに鳴き大師堂
    午前中は寺の境内で秋の虫が鳴いている。

  ・法螺貝を背負ふ修験の秋遍路
    本堂の前で法螺貝を吹いている修験者のような遍路に出会った。自転車遍路。

  ・秋深し歩き遍路は雨の中
    雨の中でも歩くのが歩き遍路の仕事。

  ・秋深し田舎間取りの遍路宿
    隣の部屋との間仕切りが襖の遍路宿。

  ・鐘を聞く札所の側の遍路宿
    参拝に来た人が時折撞く鐘が聞こえ情緒がある。


 9月 6日(水)曇りのち雨

 今日の巡拝は18番恩山寺、19番立江寺の2カ寺。歩行距離は32Km。

 出だしの地蔵越で道に迷う。途中から眉山の縦走路に入り、往復2時間のロス。急な登り坂が多く体力的にも大幅なロス。原因は分岐点の表示が見えにくく、縦走路の方にいかにも登山道ら しい道が続いていたため。

 19番の立江寺を出たのが2時40分。宿の金子やに着いたのが5時10分。その間、カミナリを伴う豪雨で、丸々2時間豪雨の中を歩く。全身ずぶ濡れで、靴の中までグチャ グチャ。棒の足を引き摺ってやっとのこと宿にたどり着く。
 今日は接待2件。18番から19番に行く途中。車の老夫婦からパンとジュースの接待。立江寺の境内でおばあさんから、荷造り紐で編んだ草履のお守りの接待。南無大師遍照金剛。

 同宿人は我々の他4名。三原の人、京都の若夫婦、中年の女性。中年の女性は、休暇 を利用しては1〜2泊で遍路を続けているとのこと。

今日の俳句

  ・萩の寺大師は白の脚絆つけ
    境内の大師像は白の脚絆つけてもらっている。

  ・道迷い悔やむ遍路や秋の虫
    山道を迷い、愚痴の出る遍路を知らぬげに秋の虫が鳴いている。

  ・座り込みパンを頬張る秋遍路
    疲れ果て、道端に座り込み、接待のパンに噛り付く。

  ・夕立の遍路の傘を叩きつけ
    バケツをひっくり返したような雨が遍路傘を叩きつける。

  ・夕立の遍路の心洗ひけり
    豪雨の中を1時間も歩き続けていると、心も体も洗い流されたような気持ちにな る。


 9月 7日(木)曇り時々雨

 今日の巡拝は20番の鶴林寺から22番の平等寺までの3カ寺。歩行距離23Km。

 2回目の遍路ころがしで、山を3つ越える。鶴林寺(500m)、太龍寺(530m)ともに登り下りがキツイ。
小雨の降る中、鶴林寺は雨雲の中に煙っており、眼下に雲海が見え る。太龍寺は西の高野と言われるだけに、山全体に風格がただよっている。
 今日はお接待はなし。

 同宿は我々の他、三原の人(乗り物併用の歩き遍路)、北海道の性、東京の女子大生。女子大生は学校に休みの届けを出して来ているとのこと。金がないので 素泊まり。華奢な体つきだが、8Kgの荷物を担いでいた。

今日の俳句

  ・秋雨に山門けむる鶴林寺

  ・秋遍路クラブを杖に持ち替へて

    毎日ゴルフの練習に行っていた頃が懐かしい。やっと杖が手に馴染むようになってきた。

   ・石仏の顔すり減りて秋の雨
    遍路道沿いにはいたるところに石仏が立っている。顔のすり減ったものも多い。

  ・腰曲がる杖の遍路に秋の雨
    腰が曲がり杖にすがりながら、山門の階段を休み休み登っていく遍路も。

  ・杉の谷底から上がる滝の音
    深い谷底から滝の音だけが聞こえてくる。

  ・秋遍路杖つく先の沢の蟹
    谷合の遍路道を沢蟹が悠々と横切ってゆく。

  ・谷合の瀬音に競ふ蝉の声
    深い山の中、瀬音に被さるように蝉が鳴く。

  ・新涼や堰落つ水の真新し
    雨で水かさが増し、堰を落ちる水の白さが目に染みる。

  ・雲海の蜜柑畑に老夫婦
    山の上まで蜜柑畑が続いている。雲海の蜜柑畑で老夫婦が木の手入れをしていた。

  ・もう一歩あと一歩だと秋遍路
    荷物を背負っての登り坂は厳しい。頂上に近づくと、もう少し、後わずかと自分を 励ましながら、一歩一歩足を運ぶ。

   ・コンビニの無き町過ぎて秋遍路
    スーパーもコンビニも無い田舎の町をテクテクと歩き過ぎていく。


 9月 8日(金)曇りのち晴れ夜雨

 今日の巡拝は23番薬王寺のみ。薬王寺で阿波の国は打ち納め。歩行距離23Km。

 朝食6時30分、7時出発。旧道コースの入り口を見過ごし、国道55号を一直線に進む。
途中、以前会った自転車遍路に出会う。遍路は4回目。荷物を自転車に積み、野宿専門。 長髪を後ろで束ね、地下足袋を履いている。
 トンネル3本通過。トンネルの中は自動車の走る音がこだまして、ジェット機が離発着するような騒音。けたたましい騒音。国道なのだが、高速道路並みのスピードで車が走る ので、トラックにずいぶん笠をあおられる。
 12時10分薬王寺着、参拝後ビールを1本つけ、ぶっかけおろしうどんを食べる。うどんはシコシコとしていてなかなかの味。

 宿は薬王寺会館。同宿は定年を迎えたばかりの群馬の人。パソコンでレンタカーによる遍路の旅を見つけ申し込んだとのこと。10日で 88カ寺を回る予定とか。

今日の俳句

  ・阿波の国苅田の後の青々と
    稲刈りが早いので切り株から芽が出て、どの田んぼも青々としている。

  ・杉の山織りなす谷の苅田かな
    山が幾重にも織りなすような谷川沿いにも棚田が作られている。

  ・秋遍路空の心に杖の音
    ひたすら歩き続けていると頭も心も空になり、乾いた杖の音だけが響く。

  ・トンネルは爆音の箱秋遍路
    車がトンネルに入った瞬間から抜けるまで、タイヤの音がトンネルの中をピンポン球のようにこだまして駆け巡る。

  ・トラックの遍路の笠を煽り立て

  ・分限や飾り瓦に百日紅
    金持ちと思しき家はどこも、石組みの上に大黒様・恵比寿様の飾り瓦つきの塗り塀。屋根の上にはシャチホコ、屋根の端には鷹の飾り瓦。塀から百日紅の花が覗いてい る。

  ・団体の遍路の読経秋暑し

    バスツアーのお遍路さんは坊さんの先導で一斉に読経。声もそろって境内に響き渡 る。ガイドは全員の納経帳を抱えて納経所に走る。

  ・マメ作り女人遍路の重き足
    びっこをひく北海道の女人遍路を追い越す。わけを聞くとマメが痛いとのこと。

  ・秋暑し日和佐で食べるかけうどん
    暑い中を20Kmも歩いた後なので、冷たいおろしかけうどんは美味かった。

  ・秋暑し日和佐銀座に人もなく
    地方の商店街は何処もそうだが、ことに昼間はひどい。

  ・雲の峰日和佐の浜の白き波
    日和佐は海亀産卵の浜。海は青く白い波が砕ける。

  ・秋風や阿波一国を打ち終える
    薬王寺の境内から見る日和佐の海。一陣の風が吹き抜け、徳島ともさらばだ。


 9月 9日(土)雨時々曇り

 今日は巡拝は無し。阿波の国を打ち終え、土佐の国最初の寺、室戸岬の24番最御崎寺 を目指す。今日の歩行距離29Km。

 雨の中を出発。低気圧の通過で、一日中目まぐるし く天気が変わる。時には狂ったように雨。雨の中ひたすら国道55号を室戸に向って歩く。

 同宿者は無し。

今日の俳句

  ・単線の一両列車秋桜
    国道に平行して単線のJR牟岐線が走る。コスモスの咲く山際の斜面を一両編成の 列車がカタコトと走り過ぎていく。

  ・スナックのおやじはお釜葛の花
    国道沿いに葛の花をよく見かけた。濃い赤紫の花を見て、ゴールデン街のゲ イバーのママを思い出した。

  ・黒潮を見下ろす丘の山アザミ
    牟岐を過ぎると、右側に海が開ける。道路際には雨に濡れた山アザミの花。

  ・阿波の果て潮の香りの秋の風
    風が潮の香りを運ぶ。

  ・国道を室戸に向けて秋遍路
    道路標識の室戸まで○○Kmの数字が少しずつ減っていく。

  ・濡れネズミ黙々歩く秋遍路
    ずぶ濡れになり、ひたすら黙々と歩く。

  ・秋遍路洗濯済ませ日を終える
    宿に着くと、すぐに着ていた物を脱いで洗濯をする。洗濯機を回して風呂に入り、 風呂から出て乾燥機を回す。雨の日は雨具と靴の手入れも。

  ・遍路宿いびき合戦秋遍路
    襖越しに隣室の相棒のいびきが聞こえる。こちらのいびきも向うに。


 9月10日(日)雨のち曇り

 今日も巡拝は無し。昨日と同様ひたすら国道55号を室戸に向けて歩く。今日の歩行距離は34Km。

 6時朝食、6時30分豪雨の中を出発。宿からおむすび2個とタオルの接待。宿のみなみ旅館の主人に、「大師も雨の中を歩かれたそうですから、これも修行です。 歩き遍路は最高の贅沢なんだから頑張つて下さい。」と慰められる。
 豪雨は2時間ばかりで、その後は小雨。11時頃からは曇りで、時々薄日も漏れる。途中でも接待有り。寿司2パック。阿波一国打ちを終えて帰る途中、自分も知人から寿司の接待を受けたが、もう帰る途中なのでどうぞとのこと。40歳くらいの車の男性。南無大師遍照金剛。

今日の俳句

  ・暮の秋トンビの舞ひて漁師町
    入江の奥の漁師町、ピーヒョロピーヒョロと鳴きながらトンビが舞う。

  ・海鳴りの聞こえる磯や山薊
    海岸べりを国道が走る。淀ガ磯、波が砕け散り遠くに海鳴りが聞こえる。

  ・海坂は丸く見えたり秋の空

  ・180度見渡す秋の空と海
    佐喜浜海岸見渡す限りの空と海。

  ・アザラシのごとくサーファー秋の海
    砂浜では、サーファーが波に乗ったり、浜でたむろしたり。

  ・風呂浴びて疲れを流す秋遍路
    くたくたに疲れて宿に着いても、風呂に入って汗を流すと生き返ったようになる。

  ・秋遍路ウォシュレットの無い暮し
    10日でウォシュレットを使ったのは 1日だけ。

  ・気に入りの耳掻き持参秋遍路
    夜床に入って気に入りの耳掻きを使う。何ともいえぬ心地よさ。


 9月11日(月)雨後曇り後晴れ

 今日の巡拝は24番最御崎寺から26番の金剛頂寺までの3カ寺。歩行距離31Km。山登り2つ。

 夜半雨音で目が覚める。すごい雨。今日で5日連続の雨・・うんざり。腹を決めて豪雨の中をでる。今日も国道55号を行く。豪雨は2時間くらいで収まる。25番 の津照寺に行く途中、40代の車の男性、無料接待所「土佐東寺庵」の案内をくれる。

 宿のホワードは主人が亡くなったとかで、洋品店の女将が片手間に。食事無し、浴衣なし、旧式洗濯機、乾燥機無し、風呂1人用、トイレ汲み取り式、一泊3800円。

 女将の紹介で、近くの一杯飲み屋で夕食。ビール2本、つまみ、チャーハンで1950円。朝食用におむすび3個ママから接待。

今日の俳句

  ・今日もまた遍路殺しの秋の雨
    北海道の女性、東京の女子大生も雨に恐れをなして汽車に乗ったとか。

  ・秋の海屏風のごとく夫婦岩
    海岸沿いの国道。突然屏風のような夫婦岩が聳え立つ。

  ・鈴虫やはるか室戸の岬見る
    織りなす入江の向う。室戸岬が少しずつ近づいてくる。

  ・街路樹はハイビスカスに土佐に入る
    真っ赤なハイビスカスの花を見ると、土佐に入った実感が湧いてくる。

  ・空海の悟りし洞や暮の秋
    空海が悟りを開かれたと言われる御蔵洞の荘厳さ。

  ・軒先にブーゲンビリア室戸岬
    さすが南国、そこここの軒先にブーゲンビリアを見る。

  ・萩咲いて黒潮望む津照寺
    眼下に太平洋の海原が広がる。

  ・暮の秋歩き遍路の長き影
    一日歩き疲れてとぼとぼ歩く遍路の長い影。


 9月12日(火)曇り後雨

 今日の巡拝は27番神峯寺(標高430m)1カ寺。歩行距離28Km。

 室戸岬を離れ、海岸沿いの国道55号を、高知を目指して歩く。今日の宿のドライブイン27に11時40分到着。昼食を取って、12時30分宿にリュックを預けて神峯寺に向う。3時帰着で まずビール。雨具は着けていたが、リュックがないので山登りもスイスイ。
 昼食時愛媛大学3回生の学生遍路に会う。愛媛、香川、高知の逆回りで、野宿専門。昨日17日ぶりに宿に泊まって蒲団に寝たら、気持ちがよくて今朝は寝過ごした。足のマメは何度もつぶれ今はカチカチだとか。

 同宿は岸和田の同年輩の男性。保育園の経営者とかで、 休みを取って何回かに分けてチヤレンジ中とか。

今日の俳句

  ・一夜明け今朝はもう秋旅の宿
    旅館暮らしも12日目。急に秋めいてくる。

  ・秋の海巨岩・奇岩の羽根岬
    海岸沿いの国道、次々に景色が変わっていく。

  ・貫之の泊まりし港秋の蝶
    奈半利港、紀貫之が都への帰路2泊したとか。

  ・土佐鶴を育む山河赤とんぼ
    安田町、清酒土佐鶴の本社前の道を歩く。夜、宿の女将が土佐鶴一合接待。

  ・新涼や集団登校の児の笑顔
    大きな声で、おはようございますと挨拶をくれる。

  ・赤とんぼ棚田はたわわ神峯寺
    山の上の棚田は今が黄金の穂。

  ・饒舌も次第に無口秋遍路
    相棒と2人の旅も、疲れてくると次第に無口に

  ・秋遍路お国自慢に花が咲き
    同宿の岸和田の人、山車祭の自慢話。

  ・マメ潰し赤チン塗って秋遍路
    靴の甲に雨の漏る個所があり、アロンアルファで塞いだところ、その個所が固くなり、こすれて左足親指の付け根甲にマメが出来る。潰しても潰しても毎日マメが出来、靴を買い換えるまで泣かされる。一日かけて東京までいって買った美津濃の遍 路用の靴だったが。


 9月13日(水)

 今日は巡拝は無し。歩行距離31Km。一日中雨。一時小雨になるも宿に着く頃は土砂降り。雨の中をひたすら高知向けて歩く。途中室戸岬がよく見えた。また、琴が浜の松並木は美しかった。国道55号に平行して走るサイクリングロードをひたすら歩いたが、あ まりの単調さにうんざり。雨に追われるように宿に駆け込む。

 宿の旅館かとりは食堂兼旅館で収容人数も多い。同宿者は道路建設工事の労働者数名。 今日は俳句も思い浮かばなかった。

今日の俳句

  ・杖洗ふ桶を備えて遍路宿
    遍路宿では玄関の前に杖を洗う桶を備えているところも何軒かあった。洗った杖は 床の間へ。

  ・大海を左に据へて秋遍路
    9日から5日間左側はずーと海また海の景色。

  ・浜ゆうや黒潮寄せる琴が浜
    琴が浜で浜ゆうの白い花を見かけた。


 9月14日(木)晴れ

 今日の巡拝は、28番の大日寺から32番の禅師峰寺までの5カ寺。歩行距離は36Km。

 6時朝食、6時30分スタート。久々の快晴・秋晴れ。爽快な気分で宿を出る。地図を見ていると、わざわざ車を止めて、道わかりますかと声をかけてくれる人。道を尋ねると、バイクを交差点に置いたまま、先の曲がり角まで案内してくれる人。皆親切でありがたい。30番の善楽寺に行く途上。休憩をしていると初老の男性が車を止めてウエットテ ィッシュの接待。南無大師遍照金剛。

 今日は5カ寺に札を打ち、たっぷり歩いて宿に着いたのは5時40分。11時間の重労働でくたくた。洗濯・風呂もそこそこに夕食。自分を褒めてやってビール2本。
宿の海老庄旅館は浦戸湾に接する港の木賃宿で設備も古く、乾燥機も無し。5畳の部屋いっぱいに洗濯物を干す。
 同宿は漁船員4名。

今日の俳句

   ・土佐平野隅から隅まで秋の空
    快晴で空全体が深いブルー。これぞ秋。

  ・ジェット機の一筆書ひて秋の空
    高知空港を飛び立つジェット機の描く雲。

  ・国分寺へ続く畦道曼珠沙華
    遍路道の田の畦に真っ赤な彼岸花

  ・本堂の苔むす屋根や萩の寺
    国分寺の歴史を感じさせる?葺きの屋根

  ・赤とんぼ竜馬の街を市電行く
    高知は市電が走っていた。

  ・街抜けて五台の山の蝉時雨
    五台山竹林寺は山寺の趣があり、かしましい程の蝉時雨

  ・秋深し芭蕉の句碑の苔むして
    竹林寺の芭蕉の句碑は苔むしていた。

  ・同宿は船員4人秋遍路 港の遍路宿
    部屋中に洗濯吊るし秋遍路 部屋には予め洗濯用のロープが2本張ってあった。


 9月15日(金)晴れ

 今日の巡拝は33番の雪渓寺から35番の清滝寺までの3カ寺。歩行距離34Km。

 6時45分食事。7時出発。爽やかな朝で気分よくスタート。種崎渡船場から無料の高知県営のフェリーで対岸の長浜渡船場に渡る。歩き遍路には、このフェリーは橋の扱い。フ ェリーから見る浦戸湾は風情があり、空も海も綺麗だった。
 清滝寺(130m)に登る手前.「遍路さんの荷物無料で預かります」の看板有り(タク シー会社)。荷物を預けて参拝。楽チン楽チン、南無大師遍照金剛。

 今日の宿の三陽荘は大きなホテルで、設備も良く言うこと無し。ホテルの階段には菅直人、長島茂雄、貴乃花、朝青龍、等々有名人の写真が飾ってあった。同宿は静岡から来た団 体バス遍路ツアーの御一行。

今日の俳句

  ・新涼や渡船で通う高校生
    勤め人に混じって、渡船に乗って対岸の学校に通う高校生。

  ・渡船ゆく浦戸の海の秋の空
    渡船から見る浦戸湾の青くて大きな空。

  ・狛犬の目鼻崩れて曼珠沙華
    時代を経て目鼻の崩れた神社の狛犬をよく見かけた。

  ・日の本は水のまほろば赤とんぼ
    仁淀川、日本には美しい川が沢山ある。この川を次の世代に伝える義務がある。

  ・手を合わせ拝む媼や秋遍路
    歩き遍路に手を合わせ拝む人。高齢のご婦人が多い。歩き遍路は大師さま。

  ・こぼれ萩筆さらさらと納経所
    納経帳に墨書する人、流れるように筆を走らせる。

  ・波音を枕辺に聞く秋遍路

  ・黒潮の押し寄す浜や秋遍路

    三陽荘、ホテルの前まで黒潮が押し寄せる。


 9月16日(土)

 今日の巡拝は36番青龍寺1カ寺。歩行距離は30Km。

 リュックをホテルに預けて7時スタート。雨具に身を固め、青龍寺へ。朝青龍が学生時代足腰を鍛えたと言うだけあって、青龍寺の階段はなかなかキツイ。参拝後ホテルに戻ってリュックを受け取り、浦ノ内 湾沿いに一路須崎を目指す。
 高知県には台風の外延の雲が懸かっているとのことで、雲の動きが速く、一日中雨。宇佐大橋は長い。橋の上からアサリ船が多数見えた。浦ノ内湾の湾岸はくねくねくねくねと 実に奥が深い。

  2時半宿の民宿ひかりに到着。宿の主人夫妻は結婚式に出かけて帰りが遅くなるので、勝手に上がって部屋に入っていてくれと言われていたので、勝手に上がり込む。

今日の俳句

  ・霧の中舳先並べてアサリ舟
    霧けぶる中、舳先を同じ方向にむけ多数の舟がアサリを採つていた。

  ・台風の予報気にもむ遍路宿
    歩き遍路の見るテレビは天気予報だけ。特に台風は気になる。

  ・台風の道路にしぶく豪雨かな

  ・秋雨や道路を川に流れおり

  ・雨台風崖滝にしてほとばしり

  ・トラックのしぶき頭上に秋の雨

    道路に跳ね返るような豪雨で、道路を川のように雨が流れ、崖からは滝のように水がほとばしる。トラックが通るとしぶきが頭上を越えていく。そんな中を黙々とひたすら歩く。


 9月17日(日)

 今日の巡拝は37番岩本寺1カ寺。歩行距離32Km。230mと410mの2つの峠越え。

 今日は台風13号の影響で風雨が強く荒れ模様なので、宿の女将のアドバイスも有り、遍路道を通らず国道56号を歩いて岩本寺を目指す。久礼から七子峠に至る道では、霧が谷底から上にどんどん駆け上って来る。また七子峠では前が見えない程の雨。3時岩本寺到着。

 今日の宿は寺の宿坊。4時前東京から さんぽクラブの田幸、滝沢、清水の3氏が陣中見舞いに来て同宿。夜は5人で窪川の町に繰り出し、田幸氏がインターットで探した、四万十川の美味い川魚を食べさせるという店で会食。
鮎とうなぎで一杯。肉厚のうなぎの骨のから揚げとウナ肝の煮付けは絶品。3氏の接待という事でご馳走になる。

今日の俳句

  ・新米と飯盛る女将自慢げに
    朝飯、自分の家で作った新米だと言う。米が光っている。

  ・軒かりて一息雨の秋遍路
    30分ごとに一息入れるが、雨の日は荷物を降ろす場所を探すのが大変。軒を借り て、笠を取り、雨ガッパを脱ぎ、荷物を降ろす。

  ・親子4人連れ人それぞれの秋遍路
    両親と20代の息子と娘、雨の中を黙々歩く遍路。違和感のある景色。

  ・峠越へ霧の山をかけ登る
    久礼の峠越え、すごいスピードで次から次に霧が山を駆け上る。

  ・秋雨や峠ですする肉うどん
    土砂降りの中、駆け込んだ食堂ですする暖かい肉うどんの美味かったこと。

  ・応援の仲間と囲む鮎・うなぎ
    話に花が咲き酒のすすんだこと。


 9月18日(月)晴れ

 37番の岩本寺から38番の金剛福寺までの距離は87Kmで、当分巡拝は無し。今日の歩行距離は31Km。朝6時から本堂での朝のお勤めに参加。お坊さんの読経の間に焼香を行う。本堂参拝室の天井には全国から集まった絵が数百枚はめ込まれている。絵のテーマも描いた人の年齢もバラバラ。仏あり、花あり、役者あり、マリリンモンローあり。
6時45分陣中見舞いに来た東京組と一緒に寺を出る。

 時々雲がかかるものの、台風一過ですがすがしい秋晴れ。足摺岬を目指して国道56号をひたすら歩く。途中、鹿島が浦から見た太平洋は群青色で、岩に砕ける波は真っ白。こんなに美しい海の色を見たのは初めて。

 宿の民宿日の出は海の家みたいで素泊まり。洗濯・風呂を済ませ、近くのレストランでビール2本にチーズハクバーグ食べる。ビールを注文し た際、お車ではないですねと飲酒運転のチェックが入った。今日の同宿者はサーファー。

今日の俳句

  ・谷あいの棚田の畦の彼岸花
    お彼岸に合わせたように一斉に彼岸花が咲き始める。

  ・秋の川巨岩をぬってぬめり落ち
    山間の谷川、清流が岩の間をぬめり落ちるように流れていく。

  ・昼飯はコンビニの軒秋遍路
    パンと牛乳を買ってコンビニの軒下に座り込み、昼食を取ることもしばしば。

  ・180度群青の海秋の空

  ・海坂は深き群青秋の空

  ・群青の海を覆いて秋の空

    群青色の丸い海、その上の大きな秋の空。

  ・黒潮の磯に砕けて秋の蝶
    群青色の波が磯に砕け、真っ白なしぶきが上がる。目の前を秋の蝶がよぎっていく。


 9月19日(火)快晴

 今日も巡拝は無し。歩行距離31Km。

 宿は素泊まりなので隣の民宿みやこで朝定食を食べ、7時20分スタート。四万十大橋を渡って一途足摺岬を目指す。
 今日は秋晴れで、道中も順調。
 2時40分宿の民宿久百々に到着。洗濯・風呂を済ませ、とりあえずビール1本。天国!天国!同宿2名。2名とも昨日からの連泊で、今日金剛福寺を参拝し、明朝39番に向かう歩き遍路。ここにも菅直人と女将の並んだ写真が飾ってあった。

今日の俳句

  ・新涼やコーヒー付の朝定食

  ・松落葉踏みしむ浜の白き砂

    入野松原、砂浜沿いの松原の中を歩く。落ち葉のクッションが足にやさしい。

  ・秋暑しラッキョウ農家の畝作り
    あちこち部落総出で、砂浜に線を引き、ラッキョウの畝を作っていた。

  ・天高し犬の顔した雲1つ
    秋晴れ、大きな空に雲が1つ。ほんわかとしていて、何処となく犬の顔に見える。

  ・清流に魚影きらめき秋の蝶
    魚影のきらめく川を何本も越えて歩く。

  ・浜木綿や清流海に流れつく
    清流が流れ流れてついに海の水と交わる。

  ・四万十の流れは緑赤とんぼ

  ・天高し四万十川の悠然と

    大橋から見る四万十川。海に近く、雨が降り続いたせいか、緑色の大河。

  ・四万十の土手まで届く運動会
    運動会のスピーカーの音が土手を歩く遍路の耳に。

  ・秋遍路鏡の中の黒き顔
    鏡の中に真っ黒に日焼けし、別人のように痩せた自分の顔を見る。


 9月20日(水)晴れ時々曇り

 今日の巡拝は足摺岬先端の38番金剛福寺1カ寺。歩行距離42Km。

 5時30分朝食、6時出発。宿の女将より、「おむすび、バナナ、ヤクルト、キャラメル」の接待有り。約19Km歩き11時前に金剛福寺に到着。
 足摺の海は青く、磯に砕ける波は真白。遠くにぼんやりと室戸岬がかすんで見える。室戸岬からテクテクと足摺まで歩いて来たのだと思うと、感慨無量。途中漁港では鳶が舞い、 ピーヒョロピーヒョロ鳴く。彼岸花、山薊、浜木綿、赤とんぼを見る。

 帰り、来た道を帰るだけと地図も見ないで、甘く見ていたら県道27号と347号の分岐点で道を間違え、土佐清水の中心に出て4Kmも遠回り。おかげで、薬局を見つけ湿布 薬を買うことが出来たが、足が上がらないくらい疲れ4時前に宿の久百々(連泊)に帰着。

今日の俳句

  ・道迷ひ悔やみぼやいて秋遍路
    道を迷い42Kmも歩くはめに。

  ・トンビ鳴く岬の漁村山薊
    トンビは高く澄んだ声でピーヒョロと鳴く。

  ・樒売る無人の店や秋彼岸
    道端の無人の小屋で樒を売っている。

  ・足摺の白き灯台鰯雲
    灯台の白さが目に染みる。

  ・天高しはるかに霞む室戸岬
    地平線のはるかかなたに霞んで見える。

  ・足摺より室戸を望む秋遍路
    感慨無量。

  ・全校生25人の運動会
    途中小学校で運動会をやっていた。覗いてみると全校生25名くらい。

  ・海鳴りの聞こゆる寺や曼珠沙華
    寺の境内まで海鳴りが聞こえてくる。

  ・補陀落の見果てぬ夢や秋の空
    足摺は補陀落山出港の地。

  ・秋遍路20日の髭を蓄えて
    同宿の遍路は20日間髭を剃ってないとか。


 9月21日(木)晴れ時々曇り

 今日の巡拝は39番延光寺1か寺。歩行距離37Km。

 6時朝食、6時半スタート。昨日の長距離歩行がこたえ足が重い。女将より昨日同様、「おむすび、バナナ、ヤクルト、キャラメル」の接待あり、納札を渡す。今日で土佐の打ち納め。県道21号を通って一路延光寺を目指す。なだらかな登り道を延々と歩く。
 参拝後2時半頃宿の民宿嶋屋に到着。 とりあえずビール1本。

 夕食前同行の村谷氏から、足首の骨が痛くて歩けない。39番で打ち止めにするとの申し出有り。説得するも土佐から伊予への山越は無理とのこと。残念、明日からは一人旅になるので少し心細い。

今日の俳句

  ・露草や菩提弔ふ長き旅
    四国の露草は花が大きく鮮や

  ・虫の音に瀬音のからむ遍路道
    下ノ加江川河畔

  ・札所寺杖付く先のこぼれ萩

  ・曼珠沙華野山に満ちて札所寺

    彼岸を知っているかのように曼珠沙華が一斉に咲そろう。


 9月22日(金)晴れ(朝は少し肌寒い)

 今日の巡拝は40番観自在寺1カ寺。歩行距離29Km。

 6時30分村谷氏の見送りを受けて出発。今日は高知県からいよいよ愛媛県に入る。これまで県道が多かったので、久々の遍路道となる。
 土佐と伊予の県境となる松尾峠越えの道は、これぞ遍路道と言う趣がある。松尾峠は江戸時代、毎日200〜300人の通りがあり、峠の茶屋が賑わつていたとか。江戸時代に旅をすると言うことは大変なことだったんだとつくづく思う。峠から見る宿毛湾の景色もなかなかのもの。
御荘の町に1時頃到着したので、床屋によって散髪してから参拝。歩く 姿勢が悪かったのか、右の小指にマメが出来る。要注意。

 2時半宿の旅館きさらぎに到着するも、家人不在の為近くの中華飯店に入り、ジヤコ天で 生ビールを2杯飲んで時間調整。同宿は20代の男性遍路。

今日の俳句

  ・全身の毛穴より汗峠越え
    荷物を背負っての峠越え、頂上に着く頃には全身の毛穴から汗が噴出す。

  ・笠脱ひで床屋の椅子に秋遍路
    頭を刈って首筋がすっきり。

   ・露草や今は名のみの峠茶屋
    峠茶屋跡との表示あり。

  ・金髪にピアスを着けた秋遍路
    頭を金髪に染め、ピアスを着けた20代の遍路に出会う。


  ・ジャコ天をつまみにビール伊予の果て
    御荘の町は高知県との県境。鎌倉時代延暦寺の荘園があったとか。

  ・秋暮れて夕焼け小焼けのチャイム鳴る
    5時御荘の町のチャイム。


 9月23日(土)晴れ(絶好の遍路日和)

 今日は巡拝は無し。歩行距離25Km。

 6時朝食、6時半スタート。昨日に続き今日も峠越えの遍路道で気合が入る。御荘の町は昔から栄えた町らしく、おっとりとしていてし かも豊かさを感じた。内海から島津に抜ける柏峠は標高460m。これはなかなかのもの。
1時間は登りが続く坂道。下りも結構足を使う。道中で、昨日できた右足小指のマメや、 左親指甲のマメの手当てを行いながらも、津島の三好旅館には 2 時に到着。津島町は岩松川に沿った、落ち着いて歴史を感じさせる町。夕食は伊勢えびの焼き物、ウナギの蒲焼、刺身、魚の酢物、貝の煮付け等々今までで一番のご馳走。

 同宿3名。宮崎の65歳の男性、2回目で、区切り打ち。尼崎の64歳の男性。平成15年から5年計画で、今回は43番までとか。山口の70歳くらいの人。8月28日から通しで。野宿も半分やったとか。

今日の俳句

  ・峠越へ愛媛ナンバー秋の蝶
    県境の峠を越えると車のナンバーが、急に高知ナンバーから愛媛ナンバーに変わる。

  ・白昼夢彼岸に落ちしか曼珠沙華
    人気のない山中の部落、一瞬あの世に足を踏み入れたような気がすることがある。

  ・白鷺の辛抱強く鮎を待つ
    清流の浅瀬で白鷺が身動きもしないでじっと立っている。

  ・日本の田舎を見たり曼珠沙華
    山が織りなす沢沿いの小集落、棚田の畦に曼珠沙華

  ・父母の笑顔が見へて秋遍路
    父母の顔を思い出しながら歩く。不思議と笑顔の顔ばかり。


 9月24日(日)晴れ

 今日の巡拝は41番龍光寺、42番佛木寺の2カ寺。歩行距離33Km。

 朝食にメロンが付く。6時25分スタート。宇和島市街を通り抜け龍光寺を目指す。昨日同宿遍路のアドバイスがあり、靴の紐の一番目を外し、2番目から掛け替えたら具合がよい。今日は3 0Km 超の歩行距離なので、松尾峠は国道のトンネルを通る。途中マメの手当ての為、休み休み歩く。

 宇和島で遍路に来て初めて喫茶店に入る。アイスモーニング560円が昼食。龍光寺から佛木寺まで県道を歩けばすぐなのに、四国の道の標識につられて遠回りをしてしまった。

 3時前に宿の民宿とうべやに着く。同宿2名。前日の山口の人。もう一人は40代の自転 車遍路。
 とうべやの主人、妻を亡くし 3 年前からタヌキに餌付けし、タヌキを家族として暮らし ているとか。夕方6時、まだ明るいのに餌を求めてタヌキが3匹出てきた。朝食時も主人 が呼ぶと2匹出てきた。

今日の俳句

  ・山並みを川面に映し赤とんぼ
    津島町、小京都の雰囲気。

  ・けがれなき深山の里の秋桜
    山里の遍路道沿いのコスモスの花。

  ・村つなぐ一両列枯尾花
    単線の一両列車が山沿いの道をカタコトと行く。

  ・マスクしてトンネル急ぐ秋遍路
    松尾トンネル1.8Km。騒音と排気ガスと埃。

  ・餌付けしてタヌキの親子秋の暮
    親タヌキの後を子ダヌキが。


 9月25日(月)晴れ

 今日の巡拝は43番明石寺1カ寺。歩行距離34Km。480mと470mの二つの峠越え。

 6時30分出発。朝の内に明石寺の参拝を済ませ、一路大洲を目指す。鳥坂峠の下り。1時間以上の下りが続き、足の裏の筋肉がおかしくなり慌ててシップを貼る。痛みが 少し和らぎ何とか3時頃宿にたどり着く。

 肱川河畔に立つ大洲城は風情があり、旧い街並みも残っている。小京都と言われる所以。
肱川には鵜飼観光船が多数係留されており、川も美しい。左足親指甲にどうしてもマメが出来るので、靴を買いに行ったが、ハイカットのゴアーテックスはお取り寄せとのことで断念。

 宿のときわ旅館、若い主人ながら接待の心が感じられ気持ちがいい。掃除が行き届き、洗濯もやってもらえた。主人よりウエットテッシュ、綿棒、針のセットの接待あり。
同宿2名。山口の70歳の男性。広島の72歳の男性自転車遍路。転んでズボンは破れ、怪我を したが女房が心配するので、女房には内緒とのこと。

今日の俳句

  ・肱川に霧立ちこめて小京都

  ・霧たちて墨絵のごとき山を行く

    肱川沿いは日が昇るまで霧に包まれる。

  ・秋遍路チャリンコの児に励まされ
    中学生の児に頑張って下さいと激励される。

  ・足にマメ靴を呪ひて秋遍路
    毎日同じ場所に新しいマメが出来る。

  ・菊の花部屋に飾りて遍路宿
    主人の気配り。

  ・疲れ果て俳句の出来ぬ秋遍路
    疲れ果てると思考も停止。


 9月26日(火)晴れ(大洲の町は霧曇り)

 今日は巡拝は無し。歩行距離27Km。

 4時30分起床、6時朝食、6時30分出発。足の不安を抱えながら久万高原を目指す。
  内子町…旧い街並みを残し、リニューアルして客を呼び込み、町が生きている。ワッペンを付けた観光客も多い。
  内子座…大正5年築とか、東京に出しても恥ずかしくない歌舞伎座。
  内子町大瀬…大江健三郎の故郷とか。川が綺麗で四万十に負けない。清流の浅 い砂に美の波紋。キラキラとして、水と光の織りなすキラメキが何とも言えぬ美しさ。

 大洲のはずれでマメが痛くなる。私設の遍路休憩所があり、靴を脱いでマメの手入れをしていると、そこの主人がビニールの袋を持ってきて、これを足に巻き、上から靴下を履くといいと教えてくれた。足は蒸れるが、マメの痛みは和らぎ歩きやすくなる。南無大師 遍照金剛。
マメをかばうと足の裏の筋肉が痛くなる。

 2時前に宿の民宿来楽苦に着く。ピールを1本飲んで女房に電話するも圏外で架からず。
今日の客は1人で、風呂は5時にしてくれと言われ、ゆっくり昼寝。来楽苦は豆腐の製造 販売をしており、夜も朝も豆腐責めには参った。

今日の俳句

  ・内子座に大正ロマン秋桜
    建物全体がレトロな雰囲気をかもし出している。

  ・清流の光の波紋秋の蝶
    曼珠沙華が満開であげは蝶が飛び交っている。

  ・釣り人の川にとけ込み秋の空
    釣り人が風景の一部になっている。

  ・沢沿いの棚田の稲架は南向き
    稲架は田の向きではなく南を向いていた。

  ・橋の名は深山入口秋遍路
    清流に架かる橋の名。

  ・携帯は圏外表示秋遍路
    人里離れた山の中をひたすら歩く。


 9月27日(水)晴れ

 今日の巡拝は44番大宝寺と45番岩屋寺の2カ寺。歩行距離32Km。

 6時15分スタート。来楽苦の売店で昼食用のパンを2個買い込む。今日は四国遍路最大の難関。下坂 峠(570m)、鴇田峠(790m)を越え久万高原の2つの寺を目指す。
 32Kmだが、登り下りが何度もあり、疲れ果てて宿の古岩屋荘に着いたのは3時。フロントでチェックインは4時と言われ、明日に回そうと思っていた岩屋寺にしぶしぶ出かける。ホテルに荷物を預けたおかげで、クタクタの足も生き返り、参拝を済ませ5時には 宿に帰り着く。
 古岩屋荘は国民宿舎で回りを奇岩で囲まれた景勝地にあり温泉。久しぶりに大きな風呂 で足を伸ばし、温泉に浸った。同宿は歩き遍路、車遍路、団体のバス遍路等多数。

今日の俳句

  ・旅の空行けども行けど彼岸花

  ・亡き友の微笑むごとく彼岸花

    この一週間で一生分の彼岸花を見る。

  ・峠越え久万を彩るすすきの穂 四国の秋は遅い。

  ・古岩屋奇岩そびえて暮の秋

    礫岩の巨大な山がいくつも連なる。

  ・バス遍路読経朗々蝉時雨
    蝉時雨も負けるほどに朗々と。

  ・赤とんぼ岩山穿つ札所寺
    岩山を穿った中にお堂が。

  ・身にしむや疲れ顔なる納経手
     団体遍路の後だったみたいで、大儀そうに墨書朱印、大宝寺。


 9月28日(木)晴れ(今日も素晴らしい秋晴れ)

 今日の巡拝は46番浄瑠璃寺1カ寺。歩行距離24Km。

 国民宿舎なので朝食は7時。出発は7時20分。昨日来た道を大宝寺の先まで戻り、国道33号に出る。今日は三坂峠 越えで一路松山を目指す。
 昨日は遍路最難関の峠道を32Kmも歩いてくたくただったが、今日のノルマは24Kmで、幾分気が軽い。三坂峠(710m)に向って、延々と登りが続く。三坂峠を越えると、急な下りの遍路道で、一気に松山まで転げ落ちる。

 浄瑠璃寺の参拝を終え、2時過ぎに寺の門前にある今日の宿長珍屋に到着。
長珍屋は大きな遍路宿で同宿は団体中心で50名。白衣の汚れた女子大生の遍路も1名(乗り物併用 の歩き遍路)。

今日の俳句

  ・古岩屋霧に霞んで山水画
    朝霧に包まれた古岩屋。

  ・秋の空遍路の頭上飛天舞ふ
    秋のすじ雲、飛天の舞うごとし。

  ・一山を朱色に染めて曼珠沙華
    すさまじい数の曼珠沙華。

  ・コスモスの小さく揺れてさざめきぬ
    三坂峠に向う国道33号。コスモス街道。

  ・今日も又山河を越へて秋遍路

  ・杖へらしひたすら歩く秋遍路

    来る日も来る日も山河を越えての遍路旅。杖も磨り減り短くなる。

  ・薄汚れ女子大生の秋遍路
    徳島から高知を経て愛媛まで来ると、ピカピカの女子大生もくたびれて、汚れてよれよれの白衣を着ていた。


 9月29日(金)晴れ(今日も飛天が空を舞う)

 今日の巡拝は47番の八坂寺から53番の円明寺までの7カ寺。歩行距離28Kmなるも忙しい。

 6時20分スタート。7時前に八坂寺に到着。参拝を済ませ、納経所が開くまで、境内を見学。境内の裏から松山市街を一望。
  繁多寺で京都から来たという女子大生の自転車遍路に会う。自転車は四国に来て買ったとか。納経所で大切そうに白衣に朱印を受けていた。石手寺・・昔一度参拝した時とはずい分印象が違い、参拝客でごった返していた。

 道後温泉にだけは入りたかったが、横目で パス、ひたすら歩く。

 太山寺に行く途中で靴の量販店を見つける。1番寺からここまで800Km。右の踵も磨り減ってきたので買い換える。これで左足のマメからも開放されるはず。石手寺から太 山寺までは遠かった。太山寺は標高105mなるも、登りがきっく深山の寺の風格。

 4時過ぎ宿の伊予路に到着。同宿1名。古岩屋荘でも同宿だった高知の人。同年輩で歩き遍路。今回は40番から88番までの区切り打ち。趣味はトライアスロンとかで足は速 い。3Kg位の軽装備で、スニーカー履き。

今日の俳句

  ・新涼や十万石の街望む
    八坂寺の裏庭から松山市街を。

  ・秋遍路黄金の稲に曼珠沙華
    松山の稲刈りはまだ。目に青葉の句の向うをはって。

  ・秋遍路今日は大師に5人会ひ
    道を迷いそうになると、誰かが「何処に行きなさる。それなら此方ですよ」と教え ていただき、迷いもしないで47番から53番まで歩いて来れた。有り難い。

  ・秋遍路衣装揃へてバスツアー
    バスツアーの団体遍路は、全員正式な遍路衣装。但し笠は被らず。


 9月30日(土) 曇り後晴れ 今日は巡拝は無し。歩行距離30Km。

 4時起床、足の手入れ、ストレッチ、荷物の整理・確認。6時朝食。6時30分出発。宿の女将からおむすびの接待、有り難く頂く。今日 は松山から今治に向け、瀬戸内の海岸沿いを歩く。
 瀬戸内海の波は土佐と違い女性的。やさしくて美しい。特に砂が黄金色で何とも言えない美しさ。途中菊間の町を通る。瓦屋が並び、大きな鬼瓦があちこちに飾ってあった。

 今日の宿のホテルニュースガヤに2時に到着。同宿は高知の人と長期滞在の建設関係者。

今日の俳句

  ・杖音に野鳥飛び立ち枯尾花
    鎌大師の先の峠、雉が三羽足元から飛び立つ。

  ・瀬戸内の海の香りや秋の蝶
    風に乗って磯の香りが。

  ・瀬戸内を行き交う船や秋桜
    タンカーや貨物船が行き交う。


10月 1日(日)雨(1日中雨で靴の中はグショグショ)

 今日の巡拝は54番延命寺から59番国分寺までの6カ寺。歩行距離33Km。

 4時起床。前日買ったパンと牛乳で朝食を済ませ、6時前に出発。曇りのつもりで外に出てみる と雨、慌てて雨具をつけ再出発。
 今日は札打ち6カ寺、距離も33Kmでハードな1日になる。54番から57番は遍路マークをたよりに迷わずスムースに巡拝。58番の仙遊寺の階段にはビックリ、すごく急傾斜で久しぶりに全身から汗が噴出した。汗でぐしょぐしょのシャツが体に張り付き、冷たくて風邪をひきそうになる。参拝後麓の休憩所でシャツ、靴下を替え、パンを齧って再 出発。
 国分寺を打つてから、今晩の宿まで12Km、長い。目いっぱい足を使ってやっと4時に到着。

 同宿は無し。5時前三芳に住む女房の姉が訪ねて来て、30分位話して帰る。真っ黒に日焼けした手と顔を見て驚いていた。餞別、甘酒、シップの接待。今日は雨の中の 強行軍で俳句どころではなかった。

今日の俳句

  ・雨天でも歩くが仕事秋遍路
    1日中雨はきつい。

  ・同宿者抜きつ抜かれつ秋遍路
    1日中高知の人と抜きつ抜かれつ。

  ・喫茶店一人場違ひ秋遍路
    変な人が入ってきたと言う目で見られている気がする。

  ・斜めの歩道斜めに歩き秋遍路
    歩道には傾斜がついており、歩きにくいことこの上なし。下水の蓋は平らだが、穴があいており、穴に杖を取られる。四国一周歩いて見て、つくづく道路は車のため に作られていると感じた。


10月 2日(月)雨のち曇り(天気予報は曇り後晴れ)

 今日の巡拝は60番横峰寺から63番吉祥寺までの4カ寺。歩行距離35Km。

 女将から昼食用に接待されたおむすびとバナナを持って、6時20分スタート。朝の天気予報では曇りなので、晴れの格好で外に出ると霧雨。慌てて雨用ズボンに傘のスタイルに替える。
霧雨の為、あっという間に雑嚢がびしょ濡れで、雨合羽を出す。天気予報に文句を言いた い気持ち。

 難関の横峰寺(745m)まで約20Km。雨の中、歩けども歩けども登山口にたどり着かない。雨と汗で全身びしょ濡れ。途中峠の喫茶店でシャツと靴下を取り替える。先月来の雨で道路が通行止めになり、ビルの足場見たいな所から登山道に入る。登山道に入ってからは、急な坂道が延々2Km。うんざりするほどの長い山道。寺に着く頃には汗でシャツはグショグショ。寒くて震えが来たので又シャツを取り替え昼食、12時を過ぎている。予定していた下山ルートは崩れて通れないとのことで、2Km遠回りになるが来た道 を引き返す。
  国道11号に出るころには右の膝と両足首が痛くなり、急いでバンテリンを塗る。

 63番の吉祥寺の巡拝は明日に持ち越し、4時前宿のビジネス旅館小松に入る。同宿遍路は3名。遍路は4回目という尼崎の68歳の男性。一回目の時は、足が痛くなり、何度も帰り9回かかって結願したとか。関東から来たと言う36歳の男性。作家とのことで、取材をかねての遍路。東京から来た女子大生。室戸への道以外は全部歩いたとのことで、真っ黒 な腕をしていた。夕食はすき焼きでタップリ肉が出た。

今日の俳句

  ・予報士の誤報に泣ひて秋遍路 がっかり

   ・登りても登りてもまだ坂霧の中

    横峰寺。

  ・岩穿つ水をたどりて秋遍路
    岩盤のえぐれた沢に沿つて、山道を登っていく

  ・入るなと赤い看板柿畑
    柿の産地。道路際の柿畑。

  ・黒き腕まくり女人の秋遍路
    歩き遍路の腕は男も女も真っ黒。


10月 3日(火)曇り

  今日の巡拝は63番吉祥寺と64番前神寺の2カ寺。歩行距離33Km。

 6時30分スタート。夜半雨音で目が覚める。出発時には雨が上がりよかった。6時45分吉祥寺に到着。7時納経所が開くまで境内を見学。200回巡拝とか100回巡拝の記念の石碑が飾 ってあった。門前に象の石像は初めて。
  続いて神前寺を巡拝。石槌神社の前を通ったが立派な神社だった。神前寺から今日の宿の四国中央市(旧伊予三島市)まで28Km。これが長い、国道11号を付かず離れず延々と歩く。8Km手前で左の足首が痛くなり、エアーサロンパスをかけるが効き目なし。バ ンテリンを塗って30分位して痛みが消え、やっと宿の松屋旅館に到着。4時前。
 今日は接待2件。昔歩き遍路をしたと言う70代の男性、貴方ではなくお大師さんに差し上げるのだと言って、500円。もう一人は80代の女性。病院の入口で車待ちの様 子。手を合わせて100円。2人に納札を渡す。

今日の俳句

  ・蜻蛉の舞ひて無人の札所寺
    早朝の吉祥寺の境内。

  ・靴脱ひでコーヒー啜る秋遍路
    大休止、喫茶店に入ると、まず靴を脱いで足を冷やす。

  ・拝まれて姿勢を正す秋遍路
    80歳前後の女性に手を合わせて拝まれることが多い。


10月 4日(水)曇り

 今日の巡拝は65番三角寺1カ寺。歩行距離31Km。

 6時30分スタート。今日で伊予の国の打ち終わり。三角寺まで18Km。国道11号沿いの旧道をJR伊予三島駅まで歩き山道に入る。11時、標高500mの三角寺に到着。参拝後昼食用のパン2個を食べて下山。宿まで13Km。途中徳島県との県境を越える。今日の宿は徳島の池田町。今日 は昼食時予めバンテリンを塗っておいたので、あまり足の痛みを感じなかった。

 民宿岡田屋には3時に到着。同宿6名。尼崎の4回目の男性。トライアスロンの高知の男性。岡山の60歳前後の3人連れの女性。3人の中の1人が、以前バス遍路で来た事があり、今度はぜひ歩いてみたいとのことで、ウォーキングの仲間2人を誘って来たとか。
もう1人は2回目で逆打ちをしているとのこと。宿の食堂には宿泊客の写真が壁じゆうに張ってあった。

今日の俳句

  ・校庭に二宮尊徳秋桜
    田舎の小学校にはまだまだ尊徳像が。

  ・大声で挨拶する児秋遍路
    集団登校の小学生が大きな声で挨拶してくれる。

  ・秋遍路夕焼け小焼けのチャイムして
    田舎の遍路宿で聞くと格別。


10月 5日(木)曇り後雨

 今日の巡拝は66番雲辺寺から69番観音寺までの4カ寺。歩行距離24Km。

 6時30分宿の主人に見送られ1番に宿を出る。宿よりおむすびの接待あり。今日は88カ寺中最高所にある雲辺寺(910m)に挑む。宿より5Km。標高差650m。早朝の筑波山訓練登山を思い出す。結構タフな山だ。天気予報では雨だったが、出発時は曇りで、雲辺 寺を出た頃から雨。
 雲辺寺から大興寺までは長い長い下り。左足の踵に違和感があり、風呂に入る前に見たらマメが出来ていた。踵の横にマメが出来たのは初めて。大興寺のカヤの木は樹齢1200年とか、でもあまり太くない。側の楠木のほうが立派。この楠木は四国一番と思っていたら、次の観音寺の楠木もでかい。枝ぶりでは大興寺、根回りでは観音寺と言うところか。

 2時40分今日の宿の若松屋別館に到着。遍路の同宿は無し。

今日の俳句

  ・どんぐりの笠を叩ひて秋遍路
    遍路道を歩いていると団栗の実が笠に当って音をたてる。

  ・雲辺寺杉の穂先の白露かな
    杉並木の遍路道。杉の穂先が光って雫が。

  ・雲辺寺雲の上なる芒かな
    眼下に雲が見える。

  ・大楠の本堂圧す札所寺
    観音寺。


10月 6日(金)曇り時々雨

 今日の巡拝は70番本山寺から75番善通寺までの6カ寺。歩行距離25Km。

 6時30分スタート。宿を出る時は雨で、雨合羽を着けて出かけたが、すぐに小雨になる。本山寺まではスイスイ。昨日買った靴の中敷は意外に履き心地がよい。
 本山寺から弥谷寺まで12Km。しかも寺に着いてからの階段が500段以上。昔難攻不落の香川氏の居城天霧城があったところとか。門前の俳句茶屋にリュックを預けて登る。大正解。参拝後俳句茶屋でシャツと靴下を替え、うどんを食べる。寒かったので飴湯もすする。人の良さそうな主人で、茨城県から来たと言うと、芋、寒天、枝豆等次から次に出 してきて食え食えと進める。納札を渡して退散。

 75番の善通寺は大師の誕生寺だけあって規模も大きい。石手寺を大きくした感じ。善通寺の楠木は四国で見た楠木で一番大きいように思う。

 宿の山本屋本館は善通寺の隣で3時頃到着。同宿はトライアスロンの高知の人と、富山から来たバイク遍路。20代で、バ イクで富山から来て、一週間で回る計画とか。

今日の俳句

  ・コスモスの雨に打たれて吹かれおり
    雨がふっても傘もさせず。

  ・倒れても倒れても咲き秋桜
    結構しぶとい。

  ・溜池の多き町なり曼珠沙華
    本山寺と弥谷寺の間

  ・秋雨に光る階段弥谷寺
    磨り減って秋雨に光る階段が、延々と500段も続く

  ・秋雨や飴湯をすする俳句茶屋
    飴湯をすすって暖をとる。

  ・獅子舞の首振り乱し秋祭

  ・秋祭神社に納む獅子の舞

  ・注連縄で町をつなひで秋祭

    善通寺の街は今日が秋祭

  ・秋深し善男善女札所寺
    善通寺は善男善女で賑わっていた。


10月 7日(土)晴れ時々曇り

 今日の巡拝は76番金倉寺から80番の国分寺までの5カ寺。歩行距離28Km。

 朝テレビをつけると天気予報は晴れ。嬉や嬉し。6時30分朝食で、出発は7時。朝食に手作り豆乳が出る。主人のこだわりとかで、豆の香りがして美味しかった。昨日右足裏にマメが出来、びっこを引きかけたが、今朝は嘘のように歩ける。76番、77番と順調に参拝。
丸亀に入り、足を冷やそうと喫茶店を探したが見つからず苦労した。また、坂出では食堂 が見つからず苦労した。
  松並木の美しい国分寺を参拝して、2時過ぎ宿のあずさに到着。到着が早すぎて開いていないので、同じ敷地の食堂でビールを飲みながら時間調整。食堂の主人の話では、80番まで来て足の疲労骨折で、残りをタクシで回る人も多いとか。

 同宿は無し。宿のあずさは国道沿いで、JRの踏み切りも近く、夜中まで騒音でうるさかった。但し2食付きで5000円。

今日の俳句

  ・秋祭夜明けとともに鉦太鼓
    善通寺の街は祭で浮き立っている。

  ・暮の秋讃岐うどんをつるつると
    食堂で1人寂しくうどんをすする。うどん定食650円

  ・秋の蚊のまとわりつひて札所寺
    やぶ蚊がしつこくまとわりついてくる。

  ・秋深しシャッター降ろす商店街
    地方都市の商店街は病んでいる。


10月 8日(日)晴れ

 今日の巡拝は81番白峰寺から83番一宮寺までの3カ寺。歩行距離35Km。

 7時スタート、今日は足の調子がよい。張り切って出たのはよいが、白峰寺と根香寺の分岐点を見落とし、2Kmも先に行ってから引き返すはめに。結局アップダウンの激しい山道を往 復4Kmも無駄に歩くことに。
 根香寺から一宮寺を参拝して宿の高松市街中心まで20Km。朝の疲れを1日引っ張って、宿に着いたのは4時で棒の足。おまけに、今日の宿のホテルパルコは素泊まり。外に食べに出るが、食べたいものが無く、デパートの地下で太巻きを買ってホテルに持ち帰って食べた。宿泊客見当たらず。洗濯機はあるが乾燥機がなく、洗濯物は6階の屋上に干す。

今日の俳句

  ・峠越え落葉踏みしめ白峰寺
    落葉を敷きつめた遍路道。

  ・道たがえ我を呪ひて秋遍路
    自分の頭を叩くしかなし。

  ・琴電のカタコト走り秋の暮
    日が暮れるのが早くなる。

  ・屋上に洗濯干して秋遍路
    六階のホテルの屋上。


10月 9日(月)晴れ

 今日の巡拝は84番屋島寺から87番長尾寺までの4カ寺。歩行距離28Km。

 4時30分起床予定が、目が覚めると5時35分。すぐに洗濯物を取り入れに屋上に出る。今日の高松の最低気温は13度で風があり寒い。昨日買っておいたパンとジュースで朝食を済ませ、6時30分スタート。
 今日は体育の日の振替日で祭日。祭日の早朝は高松の中心街も人通りは少ない。屋島が徐々に近づいて来る。屋島寺が目の前に聳える屋島の頂上にあるとは思っていなかったので、頂上まで登ると判ってあわてる。結構急勾配できつい。坂道を登っていると、早朝ウォーキングを楽しんでいる人が次々に下りてくる。歩いて山を登る遍路は見かけなかったが、山頂には遍路があふれていた。
 参拝後頂上から市街を一望。

 屋島から壇ノ浦への遍路道は転げ落ちるような急勾配。次の八栗寺も五剣山の山頂にあ りゲンナリ。ケーブルカーを横目にトボトボ歩く。午前中に山を二つこなし志度寺に向う。
 途中で食べた焼うどんは肉・野菜たっぷりで安くて美味かった。志度の町は旧い街並みが残 っており、平賀源内の屋敷も保存されていた。
 志度寺から長尾寺まで7Km。びっこを引いて歩く遍路を追い越して3時過ぎ宿のながお路に到着。
 同宿は70歳位の夫婦遍路、2回目とのこと。夕食時宿の女将から、大窪寺から志度高速バスストップまで町のコミュニティーバスが出ている。1時30分のバスに乗ればその日のうちに大阪に着く、1番寺に戻る必要はなし、との話を聞く。娘から女房が入院したとの電話もあり、一日も早く帰りたいので、明日の宿の予約をキャンセルし、明日は大阪泊りと決める。

今日の俳句

  ・マメ潰し一日を終へる秋遍路
    風呂から出て夕食までの間にマメの手当て。

  ・赤チンの扱いになれ秋遍路
    赤チンは扱い慣れないとそこら中真っ赤に。

  ・坂道を抜けて屋島寺秋の空
    急に大きな空が広がる。

  ・壇ノ浦見下ろす丘や吾亦紅
    赤い吾亦紅、壇ノ浦の青い海。

  ・壇ノ浦めがけて落ちる秋遍路
    転げ落ちるほどの急坂。

  ・ケーブルを横目に登る秋遍路
    八栗寺。

  ・昼前に2山越へて秋遍路
    宿まであと14Km。これが長い。

  ・風さやか志度の家並みの連子窓
    旧い街並み。

  ・びっこ引く仲間追い越し秋遍路
    びっこを引いている遍路をよく見かける。


10月10日(火)晴れ

 今日の巡拝は88番大窪寺。歩行距離13Km。

 今日は結願の日。宿の女将から晴れの日は景色がいいので、大変だが女体山(774m)越えがお勧めとのことで、女体山を目 指す。
 6時45分出発。途中前山のおへんろ交流サロンに立ち寄る。8時前だったが、年配の職員がお茶を入れてくれて、四国八十八ケ所遍路大使任命書とバッチを贈呈された。女体山の山頂は岩山で険しかったがそれほど苦労なく登る。山頂からの景色は少し霞がかかっていたがまずまず。

 女体山を300m下って、11時大窪寺に到着。参拝後寺の人に記念 に一枚写真を撮ってもらう。

 門前の食堂兼土産屋の八十八庵に入り、遍路に誘ってくれた先輩の吉田氏と 高知まで一緒に歩いた村谷氏に結願の報告を済ませ、結願祝のビールを注文する。
1時30分のコミュニティーバスに乗り志度の高速バスストップへ。

 難波行の高速バスに乗り、淡路島を通って大阪難波に5時10分到着。南海電車の改札まで行き、高野山行きの電車の時刻表を 確認して、駅前のホテルにチェックイン。

今日の俳句

  ・大岩をめぐる瀬音や秋の水
    四国の山の中は何処も清流。

  ・女体山はるかに霞む瀬戸の海
    瀬戸内海が遠くに霞んで見える。

  ・坂道を登っては下る秋遍路
    毎日これの繰り返し。

  ・結願のビールの美味さ秋の風
    季節は秋の盛りに。

  ・コスモスの空の青さを際立てり
    青い大きな空の下のコスモス。

  ・たおやかな讃岐の山や返り花

  ・水かれた讃岐の池や返り花
    コミュニティーバスの窓から帰り花を見る。

  ・苅田焼く煙たなびく讃岐の野
    なだらかな讃岐平野。


10 月11日(水)

 4時30分起床、5時30分出発。ホテルから地下道を通って南海電車の駅へ。駅のコ ンビニも6時からで朝食は抜き。6 時の高野山行急行に乗る。ケーブル、バスを乗り継ぎ 8時 20分奥の院に到着。
参道が長く、杉木立の間に、戦国武将の墓とか企業の慰霊塔が延々 と続く。
 奥の院の参拝を済ませ9時12分のバスで奥の院発。

 新大阪 11時53分ののぞみに乗り 2時35分東京駅着。常磐線に乗って4時 20分自宅に到着。物を家に放り込み、その足 で車に乗って病院へ。女房は以外に元気そうで13日には退院予定とのこと。
家に帰り、 夜自宅の風呂でゆったりと手足を伸ばす。40泊41日の旅の終わりである。

今日の俳句

  ・子を抱きし地蔵の笑みや秋桜
    子を抱いたお地蔵様をあちこちの寺で見た。

  ・天高し布袋の腹の天を向き
    七福神を飾ってあった寺を思い出して。

  ・暮の秋五重塔の長き影
    立派な五重塔も沢山見た。

  ・暮の秋阿吽の像の深き皺
    ほとんどの札所寺には仁王門があり仁王様が睨みを利かせていた。

  ・食べて寝てひたすら歩く秋遍路
    40日間食べて寝てひたすら歩く毎日。

  ・霧雨にけむる高野や札納め
    最後のお礼参り。

  ・信長の墓に冷たき霧の雨
    苔むして傾ぎかけた信長の墓。


おわりに

 自宅に帰ってから、2週間くらい毎日歩いている夢を見た。場所は判らないが荷物を背負ってひたすら歩いている夢である。
芭蕉の夢は枯野を駆け巡ると同じだなと思わず苦笑する。
家に帰った直後あった足の疲労感も、夢を見なくなった頃には消えていた。

 ぎりぎりではあったが、1200Kmを一気に歩き切ることが出来た。64歳の自分にその体力と気力が残っていることを確認できたことは大きな自信になった。
途中で帰ってくるようでは、70歳の坂で苦労するかも知れないと思っていたが、歩き切ったことで8 0歳くらいまでは元気にやって行けそうな気になってきた。

 定年になって、毎日が日曜日になり、両親が生きていれば少しは親孝行も出来たのにとの思いが心の隅にずっとあった。別に親不孝をしたわけではないが、会社勤めの悲しさで、何年かに一度顔を見せに帰るくらいしか出来なかった。
今回の遍路では足が痛くて苦しいこともあったが、これも親孝行と自分に言い聞かせて頑張った。88カ寺の本堂と大師堂でお経をあげ両親並びに先に逝った仲間の菩提を真剣に弔った。無事結願できたことで、 心の荷を一つ降ろし、何時お迎えがきても大丈夫という安心を得ることが出来た。

 今回の遍路の目的の一つに俳句を作り、俳句でつづる遍路日記を書くことがあった。40日間1200Km、いろいろな人に出会い、美しい四国の自然にふれてきた。花だとか木だとか鳥だとか、仏像だとか寺の建築様式だとかにもう少し造詣が深ければもっといい俳句が出来たのにと、自分の不勉強を反省している。
できた俳句の中に季語の季節の合わないものも一部あるが、遍路の実態を理解するのに役立つと思ってあえて削除しないで掲 載することにした。

 四国では、今でもお大師さんが遍路道を歩き続けていると考えられていて、お大師さんに会えましたかとよく聞かれた。私はいつもお大師様には何度もお会いしましたと答えた。
 道を迷いそうになると、何処からか人が出てきて此方の道ですよと何度も教えていただいた。マメを作って足を引き摺っていると、これを足に巻けば大丈夫とビニールの袋を持ってきてくれた人。今日は山の中で、食事をするところが無いからとおむすびを持たせてく れた宿の女将さん等々、私にはみんなお大師様に思えた。

 帰って来てからは、ご利益はあったかとか、悟りは開けたかとよく聞かれた。
ご利益は姿勢が良くなったこと。帰ってきて1番に女房から姿勢が良くなったと言われた。長い間椅子に坐る会社生活で、以前は腰が折れて背中が曲がっていたが、腰の折れが無くなり背筋が伸びてすっきりしたとのこと。足・腰のほか腹筋・背筋も強くなったのだろうか、64歳 になって腰が伸びたのだから有り難い。

 悟りの方であるが、たった40日間歩いただけで悟りが開けたら、世の中苦労はしない。
ゴルフの開眼と同じで悟ったと思った次の日にはあれあれと言うことになる。遍路は寺に参拝している時間はわずかで後はひたすら歩く。歩いている間に色々なことを考える。宇和島市街を通って、41番龍光寺を目指して歩いていた時のことである。

 阿波・土佐を打ち終え、伊予の国に入る。キロ数にして650Km。二本の足だけでよくまあここまで歩いてきたものだ。これも丈夫な体に生んでくれた両親のおかげだな。お大師さんが道を切り開いてくださったおかげだ。道に迷わないようにへんろ協会の人が道しるべを付けてくれているおかげだな。遍路宿で十分休息できるよう気を配って世話をしてもらえるおかげだ、有り難い。等々考えて歩いていた時、急に肩の力が抜け、頭の天辺の百会に穴が開いて、天の気が百会から丹田にすーと落ちて来た気がした。
 今でもその時のことを思い出して、おかげさまだな、有り難いなと考えていると、百会から天の気が入ってくる気がする。悟りは開けなかったが、これからの人生、おかげさまで、有り難いを杖に有意義に生きて行けたらと思う。

   以上

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★2006年9月1日(金)〜29日(金)「村上さんと村谷の四国遍路旅」

   ※村谷は二国打ち+α、後半は2007年7月と11月に
   ※村上さんは今回のみの通し打ちで結願しました。
     …このページの最後に村上さんの「秋遍路(俳句でつづる歩き遍路の旅日記)」も掲載しました。

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