★2009年7月28日(火)「拝島大師と旧五日市鉄道跡」
<拝島大師と五日市廃線跡>
頭上に巨大な米軍機が往来するJR青梅線・昭島駅改札口に集合したのは、山岡・田幸・村谷の3名。
改札口に外人女性が行き交うのを眺めてから出発。
先ずは駅前のファミリーマートで昼食の買出しを済ませる。
曇天・快風の絶好の散歩日和とあって足取りも軽い。
青梅線に並行する江戸街道を横断、天候の継続を道端の稲荷神社にお祈りしてから、龍田寺に参拝する。下痢や腹痛などにご利益がある痢病尊が祀られていて、飲食物に好き嫌いのない我ら3人組は、鄭重にお願いする。
畑の中にすっくと立つ昭島市役所を左手に見ながら市役所通りを歩いていると、農産物直売所があり、思わず4本100円也のきゅうりを購入してしまう。
市役所通りを左折して、大師通りに入ると16号線経由で拝島橋に向かうトラックの流れが激しくて本日が休日でなかったことを実感した。
百日紅の並木がイチョウ並木に変わって、16号線を横断、奥多摩街道を右折して、拝島大師に入る。
昭島という地名は、昭和町と拝島町が合併したためだそうだが、そもそも拝島とは、奥多摩の日原から多摩川に乗って流されてきた大日如来坐像が大神の中州に漂着、夜毎にピカピカ光り輝くため村人が拝むようになったからという。
その大日堂と日吉神社が並び立つ境内にあった拝島公園で早めの昼食休憩とする。
先客が立ち去ったばかりの樹齢800年を経た都の天然記念物指定の藤棚の真下のベンチで店開き。
爽やかな風の下で味わうビールは、いつもいつも格別な味だ。ヘルシーなツマミと、夏の旅行の話題で大いに盛り上がる。
再び奥多摩街道へ出て旧五日市鉄道の廃線跡を探すがなかなか見つからない。
昭島市役所に入り、昼休み中の職員さんから地図を頂戴して、五鉄通りを探し当てる。
大正14年から昭和19年までの20年間、多摩川の砂利を運搬するために設けられた単線、立川駅までの8kmの区間に8駅あったそうだ。
鉄路跡の入り口には鉄道のオブジェがあり、途中の栗の巨木が生い茂った道路脇には旧大神駅の駅舎跡が少しだけ残っていた。
八高線を立体交差トンネルで潜り抜けたが、路線があった当時はどのような方法で交差したのか3人でいろいろと想像していたが思いつかなかった。
多摩川の伏流水だけで市内の上水道をすべて賄っている昭島市の中でも特に有名で、東京名湧水57選となっている諏訪神社に立ち寄る予定だったが、気づかず通過してしまった。
少し空模様が怪しくなってきたので、以前にもこの顔ぶれで訪問済みの多摩川べりのくじら運動公園は省略し、五鉄通りの終点らしいJA昭島から中神停車場通りを北上して中神駅前に到着。
折りよく営業中の「かわひろ」に入店、大きなテーブルがある座敷を占領し、絶品のきんぴらごぼう・きゅうりとわかめの酢の物、宮崎地鶏の串焼きをツマミに、生ビール・こくのある焼酎やライムサワーで軽く締めました。(村谷 記)
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コース
JR青梅線・昭島駅〜龍田寺〜拝島大師、日吉神社、拝島公園〜旧五日市鉄道・大神駅跡〜JR青梅線・中神駅
当初予定のコースは…
JR青梅線・昭島駅〜龍田寺〜拝島大師〜旧五日市鉄道・大神駅跡〜諏訪神社・阿弥陀寺〜熊野神社〜くじら運動公園・多摩川〜築地の渡し跡〜昭和公園〜JR青梅線・東中神駅
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※タチオンウオーキングさんの「拝島大師・五日市廃線跡・くじら運動公園」のページへ。準拠しようとして歩きましたが…